「宮廷女官チャングムの誓い~大長今~完全版」第三回の感想
「宮廷女官チャングムの誓い~大長今~完全版」第三回を見た。
http://www3.nhk.or.jp/kaigai/chikai/story/story_03.html
第二回の感想で、
http://terutell.at.webry.info/200701/article_6.html
と書いたけど、第三回で、中宗反正の同志のひとりが、「十歳のこどもに任せるなんて」と繰り返し言っている。それから、ピルトゥがカンドック(姜德九)の家に来て、こどもを引き取ったのは二年前じゃないか、ときいている。だから、あのNHKの吹き替え版の表示は少なくとも正確だったわけで、せりふのある場面が省略されたりしている分、御親切にも表示を出してくれていたのだ。
でもでも、そうすると、チャングム(長今)が内人になる料理試験を受ける前に、茶斎軒でチョンウンベク(鄭雲白)に向かって、十八歳なのに、宮中に入って十年になる、と言っているのはなんでだ!!
と怒っても仕方がない。なにしろ、この第三回では明らかに年上のクミョン(今英)が、料理試験のときには同い年になっているわけだし。
チャングムファンのなかには、あの、わたしは宮中に来て十年になる、というせりふは、さばを読んだとか言葉の綾だとか言っている人もいた。結局、それが正しいのか。ま、今後、チャングムの年齢というものは、せりふがどうあろうとも、少なくとも誤差プラスマイナス一年ないし三年と見て、適当にいい加減に御都合主義的に解釈していくことにしよう。
さて、年齢の問題が片付いた(ことにした)ので、吹き替え版ではカットされていたせりふを発見したぞ、とうれしがって書いてみる。それは、カンドックの妻が、チャングムがお酒を盗んだと思って怒ったときに、お酒を盗んだのは自分じゃなくてあのおじさんだ、とカンドックをさす場面である。このせりふが欠けていたので、私は吹き替え版で見ていたとき、あそこではっきり言えばいいのに、何で言わへんねん、それにあのおっさん、おとなの癖にこどもに罪を着せやがって、憎たらしいー、卑怯者! と思っていた。またたとえば、ソムリエの田崎真也さんの著書『僕が「チャングム」から教わったこと』では、チャングムは自分が危機に陥ってもカンドックのために機転を利かせたと解釈している。
しかし、チャングムは、ちゃんと、お酒を盗んだのは自分じゃなくてカンドックだと言っていたのだ。ああよかった。ほっとした。胸がすっきりした。カンドックがチャングムに罪を被って貰っておばさんの叱責を逃れようとするところは相変わらずだけれども。まあこのおじさんは妻には弱いけど他の場面では親切で頼りになるいいおじさんなんだけどね。
この第三回では、カンドックの妻が実にこわかった。ずーっと、怒りっぱなし、と言ってもいいぐらいだ。そりゃ、夫の稼ぎは少ないし、王様の薬膳料理を作って貰ったお金は酒代にしてしまうし、おまけに、腰が痛くて思うように働けないときている。勢い、夫や息子に怒鳴りまくるしかなくなってしまう。
その気持ちはよくわかる。私もここ数年、ずっとからだの調子が悪くて、痛み・痒み・その他の不快感が絶えない。そういうときにはどうしても怒りっぽくなるものだ。あるいはまた怒らないようにおとなしい日々を何日か過ごした後で、何かのきっかけでものすごく怒ってしまったりする。しかし私は息切れするので体力的にそうそう怒り続けていられない、というていたらくだ。
それに比べて、カンドックの妻のバイタリティはすばらしい。チャングムも腰の湿布をしてあげたり、水汲みもしたり、家事はもちろん、トックのお酒の配達も手伝ったり、と大活躍して、最初は部屋の外の軒下でひとり寝ていたのに、後になると、トックの妻と並んで部屋の中で寝るようになる。チャングムは自身の才覚で、がめつくて怒りっぽいおばさんの信頼を克ち得てしまったのだ。この点は田崎真也氏が著書『僕が「チャングム」から教わったこと』で褒めているとおりである。
チャングムがすっかりカンドックのお酒の商売のお得意さん達からも覚えられた頃、何人かの両班達によって燕山君を倒す計画が立てられていた。リーダーはパクウォンジョン(朴元宗)である。ドラマのなかで、パクウォンジョンテガム(朴元宗大監)と呼ばれている。同志達の末席に、当時はまだ若かったオギョモ(呉兼護)がいる。オギョモ(呉兼護)はまだこのときはヨンガム(令監)でもテガム(大監)でもないが、パクウォンジョン達の率いる中宗反正で手柄を立て、反正功臣達のひとりとして出世の糸口を摑み、以後、ヨンガム(令監)、そして、テガム(大監)と呼ばれる身分になっていく。
次の第四回に出てくる場面で、正式にセンガクシになるための試験で、ヨンノ(令路)が、ナウリ、ヨンガム、テガムの違いを述べなさい、と質問されて、正解している。
そのヨンノは、この第三回ではチャングムに対して、わたしのおじさんはテジョンペルガム(大殿別監)のユンマッケよ、と言っている。韓国語のせりふでは、「ユッチャ、マッチャ、ケッチャ」とか言っているように聞こえた。
ユンマッケ(尹莫介)は元元、オギョモ(呉兼護)の家で働いている男で、晋城大君に反正の企てを知らせる必要があったときに、チャングムに、晋城大君の屋敷にお酒を配達するようにと言いつける役目を果たしている。オギョモが中宗反正の功臣になったときに、彼もまたテジョンペルガム(大殿別監)に取り立てられたものと見える。
中宗反正のとき、オギョモをチェパンスル(崔判述)が後援している。チェパンスルの叔母の最高尚宮も協力していることがせりふで語られる。オギョモ達は燕山君の治世を終わらせるため、燕山君に取り入って操っているイムサホン(任士洪)を殺すつもりでいる。しかし、ドラマの第一回、第二回では、チェパンスルや最高尚宮達チェ一族は、イムサホン(任士洪)と手を結んでいたのだ。それをこのときに、イムサホンからオギョモに乗り換えている。こうやって巧みに機を読んでチェ一族は手を結ぶ相手を変えていき、一族の繁栄を築いてきたわけだ。
だが、この後のドラマの展開を見ていると、元元オギョモの家来だったユンマッケと違い、中宗反正のときに反対側から鞍替えしたから、チェパンスルは、ずーっと、オギョモに賄賂を贈って機嫌を取り続けなければならなかったように思える。最後には切り捨てられているし。
一方、ユンマッケの姪のヨンノは、小さいときから、ナウリ、ヨンガム、テガムの違いを理解し、オギョモの元でおじのユンマッケが出世するのを見、オギョモを後援するチェ一族に取り入って行ったが、哀れな最期を迎える。
ヨンノは、チャングムが目障りで仕方無くて生涯に渡って意地悪し続ける。チャングムがまた小さい時から、何の人脈もなく才覚だけで世の中を渡っていく。ヨンノと正反対なのだ。ヨンノだって小才が効くが、チャングムはむしろ、小才は効かないが天才があるのだ。
たとえばチャングムは、母の遺言で、水剌間の最高尚宮にならなければならない、と思っていた。だから、晋城大君の屋敷にお酒を運んでいったとき、主の部屋に呼ばれると、そこに慈順大妃の使いで来ていたイ尚宮を見て、晋城大君を差し置いて彼女に最高の礼をしてしまう。それを見てイ尚宮があわてて怒るまいことか。このような無礼なことを、とチャングムに向かって怒り、晋城大君に向かって謝り。晋城大君は、まこと女官になりたいのであろう、と笑っている。チャングムは晋城大君に改めて最高の礼をし直す。
そしてチャングムは、晋城大君に届けられた四本のお酒の瓶に貼り付けられている紙に書かれた、難しい漢字をすらすらと読み、この順番でお飲みください、と言って、晋城大君を感心させる。イ尚宮さえも、無礼だが賢いこどもだと認めていた。
こういう奴は次に何をするか予測がつかないから、小才の効く人間にとっては邪魔になって仕方が無い。だから、第三回から第四十六回まで、ヨンノはチャングムに意地悪し続け、第四十七回でチャングムに助けを求めて断わられる。そりゃあ、当たり前だと思うが……。
チャングムはヨンノにいじめられてセンガクシ見習達が寝る部屋から追い出されて、泣いているうちに、母ミョンイ(明伊)の遺言を思い出す。退膳間に母の料理日誌がある、という。それで、退膳間に行くことにする。途中でヨンセン(蓮生または連生)に会って、彼女が止めるのもきかずに。それでヨンセンはかわいがっている亀を地面に置いてチャングムに付いて行く。亀はとっととあらぬ方に歩き出す。(!)
字幕や吹き替えでは、「王宮の退膳間」「王様の御殿の退膳間」と言っているが、せりふでは「テジョン(大殿)テソンカン(退膳間)」と言っていた。
センガクシ達の宿舎から退膳間へ行くまでの幼い少女達の冒険は、どきどきしておもしろい。途中で、宮女と別監の逢引を見てしまうし、クミョン(今英)に逢うし。クミョンは、自分は宮女になるから、ずっと好きだったおにいさまにおわかれの挨拶を送っていたのだ。それが後年、チャングムと出会って生涯の伴侶となるミンジョンホだとは、このときにはチャングムは知る由もなく……。更にミンジョンホは、科挙に首席で合格して王様からお茶を振る舞われていて、外で少女たちが内侍達に見つからないようにと助け合ってあれやこれやとしゃべったりチョル(礼)をしたりしているとは、もっと知る由もなく。
このときのクミョンは、明らかにチャングムやヨンセンより年上で、チャングムもヨンセンも、おねえさん、と言ってるのに、料理試験のときには、同い年になっていて、ヨンセンなんか「あの子」呼ばわりしているんだから。まあ、みんな、もう、散散言い尽くしていることだけどね……。
そして、第三回のラストは、ハン(韓)尚宮とミン(閔)内人(後のミン尚宮)との出逢いだ。この後、チャングムが生涯に渡って重要な関わりを持つふたり。このとき、ヨンセンが王様の夜食の牛乳粥を引っ繰り返してしまっているが、こういう危急の事態に対するハン尚宮とミン内人との対応の違いを田崎真也氏がみごとに論評している。さすがハン尚宮、後の最高尚宮になるだけのことはある! という感じだ。ミン内人も、ずっと後で最高尚宮になるけど、このときのこういう違いがあるから、自分でも最高尚宮になってもいいのかと戸惑うし、カンドックからもカンドックの妻からも、だいじょうぶ、と言われてしまうわけである。唯一、チャングムは、大丈夫です、ミン尚宮様には心の暖かさがあるとハン尚宮様がおっしゃっていました、と言ってくれる。でもこの出逢いのときのミン内人は、チャングムとヨンセンに対して、優しくなんかないぞ。このちびどものせいで死ぬ程の不安を味わったんだから無理も無いけど。
*田崎真也著『僕が「チャングム」から教わったこと』(飛鳥新社、2006年)
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4870317346/ref=s9_asin_image_1/249-7888907-0382748
*パクウォンジョン(朴元宗)や中宗反正について
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%95%E5%B1%B1%E5%90%9B
燕山君
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%AE%97_(%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%8E%8B)
李氏朝鮮の中宗恭僖大王(李懌、1506年 - 1544年)
*追加 2007/01/28
訓育尚宮がセンガクシ見習達に教える場面で、字幕版では、吹き替え版よりも、身分のことをはっきりと言っていた。
「ここにいるのは皆、中人以上のものばかりで、全員に尚宮になる資格があります。下働きの者や奴婢の医女とは違うのだから自覚を持ちなさい」
だいたい、こんなことを言っていた。下働きの者、という表現だったかどうかちょっと自信がないが、後の方で、チャングム達が子役からおとなの俳優に変わってから登場するホンイのような女性達をさしている。そして、医女は奴婢だとはっきり言っている。
医女は、センガクシ見習達の腕にオウムの血を垂らして処女かどうか見極めるという儀式のときに登場していた。後に、チャングムが味覚を失ったときに親切に相談にのってくれるシヨン医女である。彼女はチャングム達よりもずっと年上の女性だったわけだ。しかし、硫黄家鴨事件の時には姿が見えなくなっていて、以後、出てこない。年齢からいうと、チャングムが済州島から戻ってきて医女になって内医院に配属されたときの医女長ぐらいの地位になっていてもおかしくないのだが。
http://www3.nhk.or.jp/kaigai/chikai/story/story_03.html
第二回の感想で、
http://terutell.at.webry.info/200701/article_6.html
ところで、NHKの吹き替え版では、ミョンイとチョンスが一緒に暮らすようになってから8年後という表示が出ていたが、韓国語版では出ていないし、せりふでも、8年という言葉は出てこない。だから、チャングムの年齢は、この時点では、はっきりしていない。
まあ、たぶん、七歳ぐらいだろうと、私は思うことにする。つまり、ソチョンスが役人につかまったのは、甲子士禍が始まって二年目ぐらいだろうと、勝手に思うことにする。それから中宗反正は一年後ぐらいだろうと思っておく。NHKの吹き替え版では、チャングムの父が捕らえられ、母が死に、カンドック(姜德九)のもとで暮らすようになってから、「2年後」という表示が出たけれども。
と書いたけど、第三回で、中宗反正の同志のひとりが、「十歳のこどもに任せるなんて」と繰り返し言っている。それから、ピルトゥがカンドック(姜德九)の家に来て、こどもを引き取ったのは二年前じゃないか、ときいている。だから、あのNHKの吹き替え版の表示は少なくとも正確だったわけで、せりふのある場面が省略されたりしている分、御親切にも表示を出してくれていたのだ。
でもでも、そうすると、チャングム(長今)が内人になる料理試験を受ける前に、茶斎軒でチョンウンベク(鄭雲白)に向かって、十八歳なのに、宮中に入って十年になる、と言っているのはなんでだ!!
と怒っても仕方がない。なにしろ、この第三回では明らかに年上のクミョン(今英)が、料理試験のときには同い年になっているわけだし。
チャングムファンのなかには、あの、わたしは宮中に来て十年になる、というせりふは、さばを読んだとか言葉の綾だとか言っている人もいた。結局、それが正しいのか。ま、今後、チャングムの年齢というものは、せりふがどうあろうとも、少なくとも誤差プラスマイナス一年ないし三年と見て、適当にいい加減に御都合主義的に解釈していくことにしよう。
さて、年齢の問題が片付いた(ことにした)ので、吹き替え版ではカットされていたせりふを発見したぞ、とうれしがって書いてみる。それは、カンドックの妻が、チャングムがお酒を盗んだと思って怒ったときに、お酒を盗んだのは自分じゃなくてあのおじさんだ、とカンドックをさす場面である。このせりふが欠けていたので、私は吹き替え版で見ていたとき、あそこではっきり言えばいいのに、何で言わへんねん、それにあのおっさん、おとなの癖にこどもに罪を着せやがって、憎たらしいー、卑怯者! と思っていた。またたとえば、ソムリエの田崎真也さんの著書『僕が「チャングム」から教わったこと』では、チャングムは自分が危機に陥ってもカンドックのために機転を利かせたと解釈している。
しかし、チャングムは、ちゃんと、お酒を盗んだのは自分じゃなくてカンドックだと言っていたのだ。ああよかった。ほっとした。胸がすっきりした。カンドックがチャングムに罪を被って貰っておばさんの叱責を逃れようとするところは相変わらずだけれども。まあこのおじさんは妻には弱いけど他の場面では親切で頼りになるいいおじさんなんだけどね。
この第三回では、カンドックの妻が実にこわかった。ずーっと、怒りっぱなし、と言ってもいいぐらいだ。そりゃ、夫の稼ぎは少ないし、王様の薬膳料理を作って貰ったお金は酒代にしてしまうし、おまけに、腰が痛くて思うように働けないときている。勢い、夫や息子に怒鳴りまくるしかなくなってしまう。
その気持ちはよくわかる。私もここ数年、ずっとからだの調子が悪くて、痛み・痒み・その他の不快感が絶えない。そういうときにはどうしても怒りっぽくなるものだ。あるいはまた怒らないようにおとなしい日々を何日か過ごした後で、何かのきっかけでものすごく怒ってしまったりする。しかし私は息切れするので体力的にそうそう怒り続けていられない、というていたらくだ。
それに比べて、カンドックの妻のバイタリティはすばらしい。チャングムも腰の湿布をしてあげたり、水汲みもしたり、家事はもちろん、トックのお酒の配達も手伝ったり、と大活躍して、最初は部屋の外の軒下でひとり寝ていたのに、後になると、トックの妻と並んで部屋の中で寝るようになる。チャングムは自身の才覚で、がめつくて怒りっぽいおばさんの信頼を克ち得てしまったのだ。この点は田崎真也氏が著書『僕が「チャングム」から教わったこと』で褒めているとおりである。
チャングムがすっかりカンドックのお酒の商売のお得意さん達からも覚えられた頃、何人かの両班達によって燕山君を倒す計画が立てられていた。リーダーはパクウォンジョン(朴元宗)である。ドラマのなかで、パクウォンジョンテガム(朴元宗大監)と呼ばれている。同志達の末席に、当時はまだ若かったオギョモ(呉兼護)がいる。オギョモ(呉兼護)はまだこのときはヨンガム(令監)でもテガム(大監)でもないが、パクウォンジョン達の率いる中宗反正で手柄を立て、反正功臣達のひとりとして出世の糸口を摑み、以後、ヨンガム(令監)、そして、テガム(大監)と呼ばれる身分になっていく。
次の第四回に出てくる場面で、正式にセンガクシになるための試験で、ヨンノ(令路)が、ナウリ、ヨンガム、テガムの違いを述べなさい、と質問されて、正解している。
そのヨンノは、この第三回ではチャングムに対して、わたしのおじさんはテジョンペルガム(大殿別監)のユンマッケよ、と言っている。韓国語のせりふでは、「ユッチャ、マッチャ、ケッチャ」とか言っているように聞こえた。
ユンマッケ(尹莫介)は元元、オギョモ(呉兼護)の家で働いている男で、晋城大君に反正の企てを知らせる必要があったときに、チャングムに、晋城大君の屋敷にお酒を配達するようにと言いつける役目を果たしている。オギョモが中宗反正の功臣になったときに、彼もまたテジョンペルガム(大殿別監)に取り立てられたものと見える。
中宗反正のとき、オギョモをチェパンスル(崔判述)が後援している。チェパンスルの叔母の最高尚宮も協力していることがせりふで語られる。オギョモ達は燕山君の治世を終わらせるため、燕山君に取り入って操っているイムサホン(任士洪)を殺すつもりでいる。しかし、ドラマの第一回、第二回では、チェパンスルや最高尚宮達チェ一族は、イムサホン(任士洪)と手を結んでいたのだ。それをこのときに、イムサホンからオギョモに乗り換えている。こうやって巧みに機を読んでチェ一族は手を結ぶ相手を変えていき、一族の繁栄を築いてきたわけだ。
だが、この後のドラマの展開を見ていると、元元オギョモの家来だったユンマッケと違い、中宗反正のときに反対側から鞍替えしたから、チェパンスルは、ずーっと、オギョモに賄賂を贈って機嫌を取り続けなければならなかったように思える。最後には切り捨てられているし。
一方、ユンマッケの姪のヨンノは、小さいときから、ナウリ、ヨンガム、テガムの違いを理解し、オギョモの元でおじのユンマッケが出世するのを見、オギョモを後援するチェ一族に取り入って行ったが、哀れな最期を迎える。
ヨンノは、チャングムが目障りで仕方無くて生涯に渡って意地悪し続ける。チャングムがまた小さい時から、何の人脈もなく才覚だけで世の中を渡っていく。ヨンノと正反対なのだ。ヨンノだって小才が効くが、チャングムはむしろ、小才は効かないが天才があるのだ。
たとえばチャングムは、母の遺言で、水剌間の最高尚宮にならなければならない、と思っていた。だから、晋城大君の屋敷にお酒を運んでいったとき、主の部屋に呼ばれると、そこに慈順大妃の使いで来ていたイ尚宮を見て、晋城大君を差し置いて彼女に最高の礼をしてしまう。それを見てイ尚宮があわてて怒るまいことか。このような無礼なことを、とチャングムに向かって怒り、晋城大君に向かって謝り。晋城大君は、まこと女官になりたいのであろう、と笑っている。チャングムは晋城大君に改めて最高の礼をし直す。
そしてチャングムは、晋城大君に届けられた四本のお酒の瓶に貼り付けられている紙に書かれた、難しい漢字をすらすらと読み、この順番でお飲みください、と言って、晋城大君を感心させる。イ尚宮さえも、無礼だが賢いこどもだと認めていた。
こういう奴は次に何をするか予測がつかないから、小才の効く人間にとっては邪魔になって仕方が無い。だから、第三回から第四十六回まで、ヨンノはチャングムに意地悪し続け、第四十七回でチャングムに助けを求めて断わられる。そりゃあ、当たり前だと思うが……。
チャングムはヨンノにいじめられてセンガクシ見習達が寝る部屋から追い出されて、泣いているうちに、母ミョンイ(明伊)の遺言を思い出す。退膳間に母の料理日誌がある、という。それで、退膳間に行くことにする。途中でヨンセン(蓮生または連生)に会って、彼女が止めるのもきかずに。それでヨンセンはかわいがっている亀を地面に置いてチャングムに付いて行く。亀はとっととあらぬ方に歩き出す。(!)
字幕や吹き替えでは、「王宮の退膳間」「王様の御殿の退膳間」と言っているが、せりふでは「テジョン(大殿)テソンカン(退膳間)」と言っていた。
センガクシ達の宿舎から退膳間へ行くまでの幼い少女達の冒険は、どきどきしておもしろい。途中で、宮女と別監の逢引を見てしまうし、クミョン(今英)に逢うし。クミョンは、自分は宮女になるから、ずっと好きだったおにいさまにおわかれの挨拶を送っていたのだ。それが後年、チャングムと出会って生涯の伴侶となるミンジョンホだとは、このときにはチャングムは知る由もなく……。更にミンジョンホは、科挙に首席で合格して王様からお茶を振る舞われていて、外で少女たちが内侍達に見つからないようにと助け合ってあれやこれやとしゃべったりチョル(礼)をしたりしているとは、もっと知る由もなく。
このときのクミョンは、明らかにチャングムやヨンセンより年上で、チャングムもヨンセンも、おねえさん、と言ってるのに、料理試験のときには、同い年になっていて、ヨンセンなんか「あの子」呼ばわりしているんだから。まあ、みんな、もう、散散言い尽くしていることだけどね……。
そして、第三回のラストは、ハン(韓)尚宮とミン(閔)内人(後のミン尚宮)との出逢いだ。この後、チャングムが生涯に渡って重要な関わりを持つふたり。このとき、ヨンセンが王様の夜食の牛乳粥を引っ繰り返してしまっているが、こういう危急の事態に対するハン尚宮とミン内人との対応の違いを田崎真也氏がみごとに論評している。さすがハン尚宮、後の最高尚宮になるだけのことはある! という感じだ。ミン内人も、ずっと後で最高尚宮になるけど、このときのこういう違いがあるから、自分でも最高尚宮になってもいいのかと戸惑うし、カンドックからもカンドックの妻からも、だいじょうぶ、と言われてしまうわけである。唯一、チャングムは、大丈夫です、ミン尚宮様には心の暖かさがあるとハン尚宮様がおっしゃっていました、と言ってくれる。でもこの出逢いのときのミン内人は、チャングムとヨンセンに対して、優しくなんかないぞ。このちびどものせいで死ぬ程の不安を味わったんだから無理も無いけど。
*田崎真也著『僕が「チャングム」から教わったこと』(飛鳥新社、2006年)
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4870317346/ref=s9_asin_image_1/249-7888907-0382748
*パクウォンジョン(朴元宗)や中宗反正について
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%95%E5%B1%B1%E5%90%9B
燕山君
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%AE%97_(%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%8E%8B)
李氏朝鮮の中宗恭僖大王(李懌、1506年 - 1544年)
*追加 2007/01/28
訓育尚宮がセンガクシ見習達に教える場面で、字幕版では、吹き替え版よりも、身分のことをはっきりと言っていた。
「ここにいるのは皆、中人以上のものばかりで、全員に尚宮になる資格があります。下働きの者や奴婢の医女とは違うのだから自覚を持ちなさい」
だいたい、こんなことを言っていた。下働きの者、という表現だったかどうかちょっと自信がないが、後の方で、チャングム達が子役からおとなの俳優に変わってから登場するホンイのような女性達をさしている。そして、医女は奴婢だとはっきり言っている。
医女は、センガクシ見習達の腕にオウムの血を垂らして処女かどうか見極めるという儀式のときに登場していた。後に、チャングムが味覚を失ったときに親切に相談にのってくれるシヨン医女である。彼女はチャングム達よりもずっと年上の女性だったわけだ。しかし、硫黄家鴨事件の時には姿が見えなくなっていて、以後、出てこない。年齢からいうと、チャングムが済州島から戻ってきて医女になって内医院に配属されたときの医女長ぐらいの地位になっていてもおかしくないのだが。
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