小倉秀夫さんのブログコメント欄での興味深い議論

小倉秀夫さんのブログのコメント欄で興味深い議論が展開されています。

小倉秀夫の「IT法のTop Front」 2005年02月11日 インタビュー記録の公開システム
http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/e/d1040eec80654e59a1dfb7140fded301

Unknown (Unknown)

2005-02-12 01:39:00

他のサイトも炎上中みたいだけど炎上するサイト、それも朝日新聞、左翼擁護的なブログが燃えれば燃えるほど「コメントスクラム」「ネット右翼」の両方の存在が裏付けられる格好になりそうだね。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 01:47:01

> 他のサイトも炎上中みたいだけど炎上するサイト、それも朝日新聞、左翼擁護的なブログが燃えれば燃えるほど「コメントスクラム」「ネット右翼」の両方の存在が裏付けられる格好になりそうだね。

・・・?
つまり、先生の主張するような特定の思想を持つ特定の集団がいて、それは、一般人の思想からかけ離れているということを言いたいのかな。
ふ~ん。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 02:21:14

>2005-02-12 01:47:01

言いたいのは
切込隊長氏などが「対応が問題だ」と言うのは原因としては正しいのだろうが、左翼的なサイトが大量のコメントで炎上するという状況が続けば、
外形的な事実として、「ネット右翼」「コメントスクラム」という主張と概念の説得力はどうしても上がらざるを得ないということ。
結局残るのは「朝日関係など左翼的なサイトをサヨクに批判的な人たちが潰した」という表面的な事実だけ。
誰も対応の詳細までわざわざ読むことはしない。
まとめサイト嫁、という発言が何度あったことか。

また小倉氏が統制された特定の集団があると主張したことはないと思う。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 02:24:56

ネット右翼と罵られる人間って大抵ネット中道だと思うんだけどな。まぁ左から見れば中道は右だし右から見れば右は中道だし、そもそも中道なんて人によって千差万別で確かな基準はないんだろうけど。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 02:26:08

> 小倉さんの言葉に品性がないとしても、それをまた品性のない言葉で叩いてる人の多いこと。

要は、自業自得であるということですね。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 02:29:13

> 結局残るのは「朝日関係など左翼的なサイトをサヨクに批判的な人たちが潰した」という表面的な事実だけ。

私としては、左翼の人にも右翼的なサイトを潰すくらいがんばってほしいんですが。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 03:03:53

わざわざ要約して頂いて恐縮ですが、
論旨は「要は、自業自得であるということですね。」でなく、「要は人の事言う前に自分の胸に手を当てるべきでは」ってことです。
恣意的な解釈は勘弁して下さい


Unknown (Tammy)

2005-02-12 03:04:06

>結局残るのは「朝日関係など左翼的なサイトをサヨクに批判的な人たちが潰した」という表面的な事実だけ

裏を返せば表面的な事実?しか見る事のできない浅はかな人間がネット右翼だのコメントスクラムでの自分勝手なレッテル貼りや解釈をしているという事だよ。
このセンセイのブログをちゃんと読めば、なぜこれほど多くの人が怒っているのか分かりそうなもんだ。
これは知識の問題じゃない。社会常識の問題なの。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 03:12:44

レッテル貼りが浅はかなら、サヨやアカヒもそうですか?

「私達はアンチサヨ」だなんて強烈にレッテルに立脚した言葉である気がします。もちろんウヨも。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 03:19:51

> 「要は人の事言う前に自分の胸に手を当てるべきでは」

その論理で、日本人は中国人や朝鮮人に頭が上がらなかった、と思う私は、ネット右翼なのかな(笑)。恣意的な解釈で失礼しました。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 03:40:01

あなたがネット右翼だなんて言う気はないですよ。でもそう感じられるのなら、それはあなたの予感するネット右翼像なのかもしれませんね。

私には過去の日本人を丸ごと語ってしまう知識も知恵もありませんのが、頭の上がらなかった人もいた事は確かでしょう。

少なくとも私は、こうゆう場所でのマナーと戦後処理の話は分けて考えてます。まあこんな所で失礼します。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 03:45:23

品性のない人間は嫌われるってことですね。
これは私も気をつけねばならない非常に大切な教訓ですな。


Unknown (一般人(笑))

2005-02-12 03:46:02

ポイントは「一般人」「普通」「中道」「常識」だわな。おもしろいことにこの手の人達の発言には必ずこの手の言葉が出てくるんだよねー。あたかも自分達の背後には「世間様」がひかえていると言わんばかりだが、それが「必ずしもそうではない」ことが「実は」わかったうえで発言しているのではないか、と想像してみるとなかなか興味深いわけでな。この問題についていえば、いわゆる「世論」が「我々の常識」から外れて、少なくとも朝日を叩く方向には行っていないことについて色々ストレスが溜まってるんじゃないのかと思うとまたアレで。


Unknown (他には)

2005-02-12 03:57:35

「市井」とか「アンチ反日」とかもあるし、「良識」なんてのも。
でもなんつうか、自分の事を「中道」って宣言してしまえる人って怖いです。それはつまり自分の発言への担保(しかも他力本願な担保)だと思うけど、「自分が正義だ」と言ってるのとそう違わない気がする。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 04:04:12

> あなたの予感するネット右翼像

いえ、先生のおっしゃるネット右翼像を想像してみたわけですが。

で、これは「自業自得と考える」か、「人の事言う前に自分の胸に手を当てる」か、
という考え方の違いであり、右翼・左翼の話につながってくると思いまして、
話に出したまでです。

「インターネットにおいて全員がマナーを守るのが『理想』であり、マナーを
守らない人は注意すべきです」という考えと、「現実的にはそういうことは
不可能に近いので自衛するしかありません」という考え。

どこか、右翼と左翼の議論に似ていないかと思いました。
それだけです。


Unknown (Unknown)

2005-02-12 04:21:20

あーなるほど。その見方面白いですね、確かに共通項がありそうですな。

「自業自得だよ」って言ってしまうとマナーを守らない人を消極的に庇ってしまうし、「マナー守れよ」って言われただけで守れるようになる人ばかりでもない。
これは実際難しい話やと思います。どないすればいいのか私もよくわかりません。



上記の議論と関連のあるテーマが、武田徹さんのオンライン日記に取り上げられています。

武田徹 オンライン日記
http://162.teacup.com/sinopy/bbs

公開=公共か 投稿者:武田  投稿日: 2月11日(金)13時27分50秒

「公共的に現れるあらゆるものは万人によって見られ、聞かれ、可能なかぎり広範な公開性(publicity)をもっているということを意味する」。ハンナ・アーレントが『人間の条件』の中で示した公共性についての定義は要注意なのだと思う。
ネット掲示板やBlogは公開の場での討論を可能にした。遠く離れた人間同士が同じ地平で議論を交わすことがこれほど易くなったことは人類史上ないだろう(アーレントの想像力の範囲をおそらくは超えている)。しかしそこには大きな落とし穴がある。公開性は、そこに劇場犯罪の入り込む土壌を生む。これみよがしの議論が公共性の名に値するとは言えないだろう。
 ネット社会には公開しなけれあならないという強迫観念のようなものが、特にネットワーク通を自負するような人に多くあって、その背景には公共性を指向する意志があるようだが、公開性=公共性という簡単な図式では括れない側面が人と人との関係の中にはありえることを忘れてはならない。公共圏とは対になる概念のように思われるが、閉じた親密圏の中で交わわれた議論が、実は公共的に通用する価値を持っているという逆説がありえる。もっと極端な話で言えば、アーレントは一人の思考にも内的対話があるということで、他者の介入を認め、公共性の萌芽をそこに見ている。正しく一人で思考することが公共的でもあるのだ。
 そうした逆説まで含めてネット社会の公共性は考えられるべきだろう。今のBlogはおよそそうした方向とは異なっていて、公開はしているが内輪の楽屋落ちに終始しているか、公開したために膨大な数のスパムコメント(その多くが、公開されているということだけがコメントの動機となっているだけのもの、ではないか)で荒らされ、むしろ議論自体を閉じずにはいられない状態に追い込まれてしまうかの両極端に偏り始めていると思う。公開することは公共的であることの必要十分条件ではない。それを踏まえて議論空間をどう設計するかが問われている。Blogつくってコメント欄を閉じているのは論外とか思うひとは、その論外と見なす自分の思考が、実は公開=公共という痩せた図式にとらわれていないか要チェックだ。しかし、その一方でコメント欄を閉じていたり、ぼくのようにコメント出来ないモードで掲示板を使うのはネットは不特定多数に開かれてこそそのメディア的特性を生かせるのだから論外だというのも確かに一理あるのだ。ふたつの「論外」論を横断する形での議論が必要だということだろう。


コメントスパム、とコメントスクラム、とは別のものですが、ここで武田徹さんが「スパムコメント」と書いていることの意味は、小倉秀夫さんの「コメントスクラム」と同じであると、文脈から理解できます。

小倉さんのコメント欄の議論で、ちょっとおもしろいと思ったのは、他人に自業自得だという前に自分の胸に手を当てろ、という意見と、そうやって自分の胸に手を当てているから朝鮮や中国に頭が上がらないんだ、という意見とがあることです。
後者はなかなか正直だな、と思いました。


*参照
新聞記者個人が立ち上げたブログが2件、つぶされたことについて
http://terutell.at.webry.info/200502/article_9.html

*参考になるブログ
THE HATA HATA 2005年02月07日 まず批判ありきでは駄目っしょ?
http://hatahata.mods.jp/archives/2005/02/post_144.html

HERIKUTSUなる日々(by jabberwock) 2004年08月19日 このブログは、おれ様の独裁によって運営されることを、あらためて宣言する。
http://blog.livedoor.jp/jabberwock555/archives/5935324.html
このブログでは「純然たる私の好き嫌い」によって運営し、断りなく、コメント及びトラックバックの削除があることを宣言しておきます。


大賛成です。私も基本的に同じ方針で自分のブログを運営しています。

kojidoiの非公正ブログ 2010 年 08 月 29 日(日)このブログについて
http://ch.kitaguni.tv/u/1181/0000117067.html
コメント欄の位置付け
雑誌における読者投稿欄と同じ位置付けです。よって上記で述べた編集権が全てコメント欄にも適用されます。すなわちどなたのコメントも予告なく削除されることがあります。雑誌への投稿が必ず掲載が認められるとは限らないのと同じです。その点に関して一切異議を認めません。
雑誌への投稿が採用されなかったからといって言論の弾圧だと喚くバカはいないですよね。コメント削除を食らったからといって文句をつけて歩くのも同じバカです。バカを天下に晒すのは止めましょう。


バカをバカといいきるあなたがすきです。多数の賛成意見も寄せられている模様。私ももちろん賛成です。




"小倉秀夫さんのブログコメント欄での興味深い議論" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント