てるてる日記

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zoom RSS こどもの心臓移植、および、家族の意思について

<<   作成日時 : 2010/09/02 11:35   >>

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こどもの心臓移植についての、厚生労働委員会での議論が、杉本健郎さんの掲示板に、紹介されていました。それについての、私の投稿と、杉本健郎さんの投稿を、こちらに転載します。


スギケンのホームページ
掲示板−脳死と移植−
http://web.kamogawa.ne.jp/~sugimoto/bbs/index.htm


3076 第2回心臓移植の基準等に関する作業班の議事録=北村班長の孤立、福嶌班員のドナー意思ズラシ 
2010/8/31(火)23:37 - もりけん

2010年7月30日に開催された、第2回心臓移植の基準等に関する作業班の議事録が、今日、http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000naqp.html で公開されました。

 小児ドナーから摘出した心臓を、小児に移植したい福嶌班員らと、ルールを制定するには医学的根拠・国民的コンセンサスが得られる内容が必要とする北村班長が対立し、福嶌班員が、北村班長に「そしたら、この中の5人の誰が反対しているのですか。先生以外は一緒だと思うのですが」と臓器移植関係の議事録上では最も険悪です。最後にも以下のやり取りがあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・

○福嶌班員 それを言ったら、関連学会協議会で、小児科学会、救急学会、脳神経外科学会、小児救急学会は、すべて小児のドナーから小児のレシピエントへいくべきだと提言を出していますから。
○北村班長 そしたら、この間の肺のときは、なぜそれを拒否したのか。
○福嶌班員 それは肺の人たちがそう考えただけの話ですから、私は何とも申し上げられませんが、私はそれが一般的な提供側のスタンスだと思います。これはこのあとも、何回も先生方と確認をしていますが。
○北村班長 それが肺もそうなって、心臓もそうなっていたら、より一層強いものになるだろうけれども。
○福嶌班員 いや、それだったら、こちらから向こうへ持っていったらいいのです。
○北村班長 それは難しいです。あのときに先生がもっと言わないと。
○福嶌班員 言いましたよ。あれだけ言って、言っていないというのであれば、先生。ただ私はあくまでも参考人でしたからね。
○北村班長 しかし、それを採択しなかったですね。
○福嶌班員 ここで採択してもいいのではないですか。何も肺に従う必要なんて全くないです。
○北村班長 それは皆さんの主張であって、それは全体の。
○中西班員 肺は肺の病気の予後とかもあるし、心臓と肺の病気の程度とか。
○北村班長 それを言うと、腎臓と心臓を一緒に論じるのはおかしいというのと、一緒のことをおっしゃっているわけです。
○中西班員 この委員会は委員会で、心臓としての結論を出さないと。
○北村班長 それは出しますが、今日出せと言われると、私は荷が重いです。
○福嶌班員 次までの間に、どのような資料を揃えたらよろしいのですか。
○北村班長 それはまた検討して、最後にご意見を踏まえて、引き続き議論をさせていただきたいと思います。事務局から連絡事項があればお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大阪大学と国立循環器病センターの場外乱闘か。人選が偏った作業班というべきかもしれません。

 また、以下の福嶌班員の発言もあります。私は、福嶌班員の「提供する人があってこの医療は成り立つ」は、そのとおりだと思うものの、子どもの意志は尊重しないのならば、「その人の意思が無視されていることは許されない」と、家族の意思にずらしてまでよく言うなぁと思いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○福嶌班員 というか、提供する立場からのアンケートを取って、メディアにも取っていただきたいと前から言っているのですが、今回重要なことは、15歳未満というのは本人の意思は尊重されないわけです。ということは家族が決めるわけですから、そのご家族がどのような思いで提供されるかをいちばん尊重するルールを作るべきだと思います。
 全く医学的でなくて申し訳ないのですが、提供する人があってこの医療は成り立つのに、その人の意思が無視されていることは許されないと思うのです。子ども、大人、患者を助けることは、もちろん移植医としてやらなければいけないことですが、提供する人の気持をまず尊重することが、私はこの医療を続けていくためにはいちばん大事だと思います。




以上




3077 re(1):第2回心臓移植の基準等に関する作業班の議事録=北村班長の孤立、福嶌班員のドナー意思ズラシ 
2010/9/1(水)09:03 - てるてる

そもそも臓器移植法が、臓器提供には、
本人の同意の意思表示を必須の要件とするものから、
本人の同意の意思表示がなくても家族の同意だけでよい、
というものへと変更されたのは、

国内で心臓移植を受けられないからと海外へ行くこどもたちの姿が、
何度もテレビに映されて、みんなが同情して、

しかも、頼みの海外渡航について、
WHOが禁止するべきだという勧告を出したという噂が流れて、

それはまちがいだったけれども、

まあ、どこの国でも、移植用の臓器は不足しているのに、
日本で募金してまで海外に移植を受けに行くのは、
やっぱりずうずうしいだろうとは前々から思っていたし、

じゃあ、国内でこどもが心臓移植を受けられるようにするには、
心臓は、本人の心臓の3倍以上の大きさがあるものは適合しない、
だからこどもの心臓移植は、同じように小さいこどもから移植しなければならない、

だから、
だからこそ、

赤ちゃんも含めて、小さいこどもは、
自分で意思表示できないけれども、
かわいそうだけれども、
親が同意すれば臓器提供できることにして、
小さいこどもでも、海外渡航しなくても、
日本国内で心臓移植できるようにしましょうよ、

という気分が盛り上がって、その気分に後押しされて、
国会で、臓器移植法が、

本人の同意の意思表示がなくても、家族の同意だけで、臓器提供できる、

というものに、変更されたのでしょう。

だから、今更、おとなにとって不公平になるとか、何を言ってるねん、
という気持になる人が、多いと思います。

しかし、私は、もともと、こどもでも、本人の同意の意思表示のない臓器提供には、
反対している立場です。

もし、小さいこどもが、自分の心臓をよそのこどもに提供する、
あるいは、自分のからだに、よそのこどもの心臓を移植される、
という話を聞いたら、どう思うだろうか。

脳死ということを理解するのはむずかしいか?

いやいや、むずかしいといえば、おとなにとっても、むずかしいから、
それでも、おとなは、無理矢理、わかったような気になって、
なんとかやりくりしているだけだから、それについては、
じゅうぶんでなくても、こどもでも、なんとか理解したとして、

たとえば、永遠に眠ったままで、でも、自分では息ができないので、
人工呼吸器をつけたままで、
二度と、おかあさんやおとうさんと話をすることもないんだ、
でも、からだはあたたかくて、おとうさんやおかあさんから
なでてもらうこともできるんだ、というような状態だと、
まあ、小さいこどもが理解したとしましょう。

それで、そんな状態になって、心臓を、よそのこどもにやってもいい?

小さいこども「いや、こわい。わたしは、わたしのからだじゅうぜんぶ、
おかあさんとおとうさんのこどものままで、おかあさんとおとうさんから、
かわいがられたい」


それからまた、そんな状態のよそのこどもから、心臓をもらってもいい?

小さいこども「ええ? その子の心臓をもらわないと、わたしは、死ぬの?
いや。死ぬのはこわい。でも、よその子の心臓をもらうのもこわい。
わたしのからだのなかに、よその子がはいったら、その子のおかあさんと
おとうさんが、その子の心臓をおいかけてくるのじゃないの?
わたしは、ぜんぶわたしのからだで、おかあさんとおとうさんから
かわいがられたい」
おかあさんとおとうさん「そうしたいのはやまやまだけど、
このままでは、死んでしまう」
小さいこども「死ぬのはいや。でも、わたしのなかによその子が入るのもいや」

どうしたらいいの……

というようなことが頭に浮かんでしまって、私としても、
どうにもこうにもできず、
ただ、こどもながらに、移植で助かった人などを知っていて、
わたしの場合は、よそのこどもに心臓をあげてもいいよ、
と意思表示できたこどもからだけ、
臓器提供してもいいかどうかを、そのときになって親が決めればいいと、
考えているのですが。

そういう考えで、むかし、てるてる案を森岡正博さんのホームページで
出してもらったのに、
森岡杉本案だって、こどもの意思表示を必要としていたのに、
国会で採用されなかったんだよね……

移植のための臓器摘出手術というのは、
そのほかの、ふつうの、全身麻酔による手術と、
見た目はかわらない。

「脳死」していない人でも、全身麻酔による手術を受けるときには、
自発呼吸がなくなり、深昏睡状態になっている。

「脳死」の人から移植のために臓器を摘出するときにも、
やっぱり、全身麻酔をして、手術をする。

見た目は、そっくり。

「脳死」というのは、自発呼吸がなくなって深昏睡の状態が続いているけれども、
からだの生体としての機能はあるから、妊娠も継続するし、こどもは背が伸びる。

その状態で、移植のための臓器を摘出するというのは、
他のふつうの手術のときと同様に、
事前に本人の意思表示がいるんじゃないのか?

また、他のふつうの手術のときは、本人の病気をなおすためだから、
小さいこどもでも、親の代諾で手術をしてもいいけど、
移植のための臓器摘出は、本人の病気をなおすためじゃないのだから、
本人がどうしたって事前に理解したり承諾したりできない小さいこどもの場合は、
親でも代諾できるようなものじゃないんじゃないの?

と、思うのも、以前から、私としては、変わらないのです。



3079 re(2):第2回心臓移植の基準等に関する作業班の議事録=北村班長の孤立、福嶌班員のドナー意思ズラシ 
2010/9/1(水)10:37 - sugiken

てるてるさんのかかれているとおりです。ぼくも同じ意見です。
福嶋ドクター、あいかわらず奮闘されていますね。
阪大と循環器の微妙な差異
福嶋さんとしてはこの間の小児の討論は自分がのりきってきたという自負もあるでしょう。
でも法案は法制化されましたが、僕らの理屈はてるてるさんのとおりです。
それにしてもこのハイペース、少々不気味な気持ちになります。



ことし、2010年7月の改正臓器移植法施行以来、家族同意による脳死移植が毎週のように続いていることについては、その方法に対する賛成反対の立場のどちら側にも、多少の驚きを持っている人々が多いのではないでしょうか。

この点について、考察を加えている記事があります。


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100829-OYT1T00531.htm

「家族承諾」脳死移植、3週間5例のハイペース

 改正臓器移植法の全面施行後、この3週間で5例の脳死臓器提供が相次いだ。日本臓器移植ネットワークは29日、蘇生(そせい)後脳症で関東甲信越地方の病院に入院していた40代男性が、改正法に基づき、脳死と判定されたと記者会見で発表した。


 本人の臓器提供の意思は不明で、家族が提供を承諾した。

 1997年の臓器移植法施行以来、今月は、月間の脳死提供例としては2009年1月の4例を上回って最多で、法改正による提供条件の緩和が影響している。

 法改正前の脳死臓器提供は、年平均10例足らず。今のペースが続けば、日本移植学会が試算した年間80例を超えそうだ。

 従来、腎臓と膵臓(すいぞう)は心停止後に家族の承諾で提供できた。心停止での提供は毎年100例前後。同学会は、法改正により、心停止での提供の一部が、脳死提供に移行するとみる。

 家族承諾例のうち、1例目は、本人の口頭での提供意思があったが、残りは本人の意思が不明。29日に発表があった4例目の場合、家族は「最近のニュースを見て、本人の意思表示がなくても家族の承諾で提供できることを知っていた」と話していたという。

 脳死臓器提供が続いたことについて、東京財団の●(ぬで)島次郎研究員は「改正法の趣旨が国民に受け入れられつつあるとは思うが、臓器提供は予測がつかないもの。長い目で見なければわからない」と話している。(●は木ヘンに「勝」)

(2010年8月29日19時46分 読売新聞)



http://www.yomiuri.co.jp/adv/wol/opinion/society_100830.htm

臓器移植と家族
─改正臓器移植法によせて─

横野 恵/早稲田大学社会科学総合学術院専任講師

 7月17日に改正臓器移植法が全面施行された。8月26日の時点で、改正法で導入された規定に基づく臓器提供がすでに3件行われているが、いずれのケースでも提供の最終的な決定は「家族の総意」によるものであったと報じられている。この言葉が示すように、今回の法改正によって移植医療における家族の役割が大幅に拡大した。

家族の承諾

 改正臓器移植法では、臓器提供の意思決定において家族が重要な役割を果たす。改正前の法律では、法的脳死判定を受けて臓器を提供するという意思を本人が書面で表示していることが脳死下での臓器提供における必須の要件であった。これに対して改正法では、本人の書面による意思表示に基づく臓器の提供に加え、本人が法的脳死判定・臓器提供について諾否の意思を表示していない場合に、家族の承諾に基づいて法的脳死判定・臓器提供を実施することが可能となったのである。

 法的脳死判定を受け臓器を提供するという決定は、臓器提供者の生命維持治療を中止するという決定でもある。そのため、今回の法改正は、臓器提供の場面にとどまらず生命維持治療に関する決定のあり方全般に影響を及ぼす可能性がある。医療の現場では、患者本人の意思が確認できない場合、家族の意向に基づいて生命維持治療に関する方針を決定することは一般的であるが、実はこのような場面における家族の役割は法律上十分に根拠づけられているわけではない。医療上の決定においては患者本人の意思を尊重することが原則とされている一方で、本人の意思を確認しえない場合に誰が決定を担うのかについては明確な法的ルールがないのである。とくに生命維持治療の中止のような重大な決定を家族など本人以外の者ができるのか、かりに家族が決定できるとした場合にその決定の性質をどう位置づけるのか──本人の決定権を家族が代わりに行使するのか、本人の決定権とは別に家族には固有の決定権があるのか、あるいはあくまでも本人の意思に基づく決定が前提とされるべきであって、家族の意見は本人の意思を推定するための手がかりにすぎないのか──についてはさまざまな議論がある。

 臓器提供の場合に限定されるとはいえ、従来本人の決定が必須とされていた事項について家族の決定を許容するルールが改正臓器移植法によって導入されたこと、さらにはその根拠として身近な家族が本人の意思を忖度することは本人の意思の尊重につながるという考え方(国会答弁)が示されたことの意味は小さくない。このことが、生命維持治療に関する決定をめぐる医療現場での対応や、理論面での議論にどのような影響を及ぼすのか注視する必要がある。

ドナーとしての家族

 改正臓器移植法によって、親族への優先提供の意思表示に関する規定が導入された。臓器提供の意思と併せて臓器を親族に優先提供するという意思を表示することができる(本人の書面による意思表示に限られる)。これにより、生体移植のみならず、脳死・心停止下での移植においても家族がドナーとなる可能性が出てきた。

 わが国における臓器移植の大半を占めてきたのは生体移植である。とくに腎臓や肝臓など生体移植が可能でかつ移植希望患者の多い臓器に関しては、1997年の臓器移植法成立により脳死移植が実施されるようになった後も、生体移植が拡大しつづけてきた。臓器移植法改正に伴って脳死ドナーからの臓器提供が増加しても、移植の多くを生体移植が占める状況は容易には変わらないだろう。

 生体移植における臓器ドナーは原則として患者の親族に限定されている。これは血縁者間の移植であれば組織適合性が高く良好な治療成績を望めることや、親族であれば自発的に臓器を提供する蓋然性が高く臓器売買や臓器提供の強制を排除することができるといった理由によるものだが、限られた範囲の中でのドナーの選択は候補者とされる人への圧力につながり自由な意思決定を妨げると指摘されている。また、臓器の提供は健康なドナーの身体を傷つけ、健康上の問題を残すことも少なくない。生体移植はドナーの家族が心身両面で大きな負担を引き受けることによって成り立っているのである。

 わが国では、脳死臓器移植について世界でも類を見ないほど激しい議論が行われ、長い時間をかけて臓器移植法が作られた。これに対して生体移植については、その是非や適正な実施のあり方についての社会的な議論は乏しく、規制する法律もない。社会は生体移植を患者とその家族の問題ととらえて関心を払ってこなかったのではないだろうか。

「家族の思い」だけでいいのか
 改正臓器移植法による家族の役割の拡大が、家族の切実な思いの実現につながる場合もあるだろう。他方で、家族の思いが前面に出されることによって、移植医療の実態や問題が見えにくくなってしまうことはないだろうか。2003年に生体肝ドナーが死亡したケースでは、病院はリスクを把握していたが、ドナー(患者の母)の強い希望を受けて手術に踏み切ったとされた。改正臓器移植法に基づき家族の承諾で実施された脳死移植に関しても、臓器移植ネットワークが、家族の思いを強調する一方で、家族の希望を理由に提供の具体的な経緯を明かさなかったことに批判が集まっている。家族の思いが強調されることで、脳死移植の実態が見えにくくなれば、脳死移植もまた患者・ドナーと家族の問題とされ、社会が関心を失ってしまう可能性がある。

最後に
 改正臓器移植法で前提とされている家族像は、たがいに意思を忖度でき、家族への優先的な臓器提供を望むような、密接な精神的つながりをもった家族である。家族とのつながりをもたずに生きていくことがそう困難ではない現代において、そうした家族像を前提とする制度のはらむ困難さ、危うさについても意識する必要がある。

横野 恵(よこの・めぐむ)/早稲田大学社会科学総合学術院専任講師
【略歴】
1997年早稲田大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、同博士課程退学。早稲田大学法学部助手、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て2006年より現職。専門は医事法・英米法。

【主な著作】
『新生児医療現場の生命倫理─「話し合いのガイドライン」をめぐって』(共著)(メディカ出版、2005年)、『子どもの医療と生命倫理─資料で読む』(共編著)(法制大学出版局、2009年)

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