てるてる日記

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zoom RSS 参議院でA案、E案の説明

<<   作成日時 : 2009/06/26 17:16   >>

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インターネットの参議院TVでA案、E案の説明を聴きました。

参議院インターネット審議中継
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

A案の説明は、衆議院で出た質問事項にもよく練られた回答が備わっていて、なかなか、迫力がありました。

E案は、説明を聞くまでは、どうせあかんやろなあ、と思っていましたが、実際に説明を聞いているうちに、だんだん、これ、いいんじゃないか、と思うようになりました。

どうせ、A案も成立しても施行まで1年あるんだし、E案のこども脳死臨調も1年を限度とするんだし、どちらも、今後1年間は、なお、15歳未満の人からの脳死移植はできないことは同じなんですから、じゃあ、内容のいい方を選べばいい、と考えるならば……

E案の説明に立った川田龍平議員の最後の言葉をきくと、じいんとなりました。

川田龍平議員
私は、生後6ヵ月のときから、血液製剤を使用してきました。
移植医療の価値、そしてまた、最新の医療を受け、
一日でも長く生きたい、人々の気持ちも、
当事者として、たいへんよくわかります。

わたくし自身、命が最優先される社会を実現したい、
そう思って国会議員になりました。

この参議院は、最高の府、良識の府です。

本件につきましても、
すべての命が、等しく、尊重されるために、
是非、様々な角度から、審議しつくしていただきたい。

どうか皆様、よろしくお願いします。


血液製剤の使用もまあ、一種の臓器移植というか、組織移植のようなものですね。

そして、HIVに感染し、厚生省の建物に向かって、「ぼくは、死にたくない」と叫んでいたのを、テレビで見たものです。

最新の医療で、命が助かるはずが、かえってからだに毒になって死ぬ事もある……しかしまた、更に進んだ医療で、彼は今、ながらえているのですね。

最後に川田議員が、頭を下げたのを見たとき、胸に、じーんときました。

「すべての命が、等しく、尊重されるために、
是非、様々な角度から、審議しつくしていただきたい。」

私もおおいにそう思いますが、しかし、移植を待つ人々にとっては、
今更何を言っているんだ、
どうしてもっと早く審議しなかったんだ、
と言いたいところだと思います。

鷲田清一さんが、今まで国会で審議されなかった、社会的な議論がおこなわれなかった、その「怠慢」について、述べています。

臓器移植法「改正」をめぐって(1)(2)(3)
http://allatanys.jp/B001/UGC020005320090626COK00327.html
http://allatanys.jp/B001/UGC020005320090626COK00327_2.html
http://allatanys.jp/B001/UGC020005320090626COK00327_3.html
(略)
 今回改正されたのは、11年半前に採択された臓器移植法である。これはその3年後に「見直し」をするとしていたが、じつはその後現在までたなざらしにされてきたものである。その問題性については最後に書く。
(略)
 この議論には、そもそも先にふれたような二律背反が含まれているかぎり、全員が同意できる「正解」はありえない。ありうるとしたら、それは「納得」と言うしかないものである。
 例としては適切ではないかもしれないが、家裁の調停員をかつてやっていた知人の経験によれば、たとえば離婚の調停において、双方がそれぞれの言い分をとことんぶつけあって、「もう万策尽きた」「もうあきらめた」と観念したとき、まさにそのときにかろうじて話し合いの道が開けるのだという。訴えあいのプロセス、議論のプロセスが尽くされてはじめて開けてくる道がある、と。「正解」がここに下りてくるというのではない。「理解できないけれど納得はできる」「解決にはならないけれど納得はできる」という事態が生まれるということである。

 「納得」ということは、果てしのない議論からどちらも最後まで降りなかった、逃げなかったということの確認のあとにしか、生まれてこない。長くて苦しい議論、譲れない主張の応酬の果てに、そんな苦しいなかで双方が最後まで議論の土俵から下りなかったことにふと思いが及ぶ瞬間に、はじめて相手に歩み寄り、相手の内なる疼きをほんとうに聴くことができるようになる。

 そういう「納得」をもたらすはずの時間、あるいはもたらすことに通じる時間を削除してきた。これがこのたびの「改正」に到るまでの、衆議院議員のみならず、わたしたち全員の、ほんとうの怠慢であったのではないだろうか。

実にまったく、そのとおりです。

もっとも、旧厚生省は、3年後に見直しのための研究班を作って、中間報告と最終報告で改正案を出しているし、民間でも、森岡杉本案や、ぬでしま案や、不肖てるてる案だって、出していたのに、国会での審議だけが、ずーっと、なかったんですよ……

不肖てるてる案は、脳死否定論に基づく臓器移植法改正案です。死んでいない人からの臓器摘出の違法性を阻却することによって移植を可能にする立場です。

違法性阻却論は1994年の脳死臨調でも、1997年の臓器移植法制定のときの国会審議でも、取り上げられたことがありました。

最近では、小児救急医学会で、違法性阻却論に立って脳死臓器移植をおこなうほうがいいのではないか、という意見が出されました。

東京西徳洲会病院総長 橋都浩平のcanopy walk
http://blogs.yahoo.co.jp/hashi_wineclub/32321934.html
脳死を再考する 2009/6/26(金) 午前 9:11
6月19日,20日の2日間,熊本市で日本小児救急医学会が開かれました.そこで「小児の脳死と臓器移植」というシンポジウムが行われ,僕は「脳死を再考する」という題で発表を行いました.
(略)
僕の基本的な考えは,人の死を一律に心臓死として,脳死は心臓死が近い将来に必然的となっている状態ではあるけれども,死とは認めないという態度です.そうすると脳死患者からの臓器移植が困難になってしまいますので,臓器移植を行う場合に限り,臓器を摘出しても,殺人には当たらない事を保証する,つまり法的な用語で「違法性の阻却」を認めようというものです.もちろんこの考えにも欠点はあり,殺人を法的に認めることになるのではないか,あるいはより広く安楽死などを認める傾向に歯止めがかからないのではないか,などの批判が出てくると思います.しかし僕はコモンセンスに出来るだけ近いということを大事にしたいと思いますし,それが結果的には日本での脳死患者からの臓器提供を増やす事になるのではないかと考えています.
(略)

今私は、改めて思うのですが、臨床的に脳死と診断されたら、本人の事前の意思表示か、看護に当たっている(治療費を出している)家族(などの深い関わりのある人)の意思で、治療を停止することができる、と、まず、法で定めるのがいいのでは、と思います。

医師による自殺幇助や殺人の違法性が阻却される、という考え方で。

そのうえで、本人が事前に臓器提供の意思表示をしている場合のみ、治療を本人のための医療から、移植のための臓器保存の医療に切り替えるということでよいと思います。

もちろん、こどもにも、臓器提供の意思表示の機会を与えるべきです。

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