てるてる日記

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zoom RSS 「もの」ではなく、「ひと」として

<<   作成日時 : 2009/05/18 13:17   >>

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USAでは、年間2万件も移植手術が実施されるのに、移植待機患者は8万人〜10万人にも及ぶ。USAも、その他の国々も、もとから、今の日本の国会に提出されているA案と同じ、脳死を一律に死とし、本人の事前の書面による承諾が無くても、家族の同意だけで臓器提供できるとする法律のもとで、移植医療を実施してきたのである。それでも、臓器不足はひどくなるばかりで、それを補うために、生体移植が増え続けているのである。

だから、今更、日本でも、A案を採用しても、臓器不足は続くであろう、と思われる。

移植医療とは、もともと、臓器が不足する医療なのである。たとえ、脳死と診断された人は、本人も家族も拒否しても、すべて強制的に全臓器組織を移植のために役立てさせる、という法律を作って実行したとしても、それでもなお、不足するであろう。

もっとも、A案を支持する人の立場からすれば、たとえそうだとしても、B案やC案やD案では、A案よりも、もっともっと臓器が不足するから、論外だ、ということになる。

ここで、A案、B案、C案、D案を整理してみる。


A案
脳死を一律に死とし、
本人が事前に拒否の意思表示をしておらず、家族が同意したときに、脳死判定をおこなうことができ、
(*)
本人の事前の書面による承諾が無くても、家族の同意だけで臓器提供できる。
事前に書面によって臓器提供の意思表示をする場合、優先的に提供する人を指定できる。

B案
現行の臓器移植法の条件のとおり、本人が事前に書面によって臓器提供の意思表示をしており、家族も拒否しない場合に限り、臓器提供できる。
ただし、その年齢を、現行法のもとでは、ガイドラインにより、民法の規定で遺言可能年齢とされている15歳以上とされているものを、12歳以上に引き下げる。
また、A案と同じく、事前に書面によって臓器提供の意思表示をする場合、優先的に提供する人を指定できる。

C案
現行の臓器移植法の条件のとおり、本人が事前に書面によって臓器提供の意思表示をしており、家族も拒否しない場合に限り、臓器提供できる。
脳死判定を現行法よりも厳格にする。
現行法にない、生体移植についての項目を追加する。

D案
現行の臓器移植法の条件のとおり、本人が事前に書面によって臓器提供の意思表示をしており、家族も拒否しない場合に限り、臓器提供できる。
15歳未満は、家族の同意と第三者機関による審査によって臓器提供を可能とする。
(優先提供の指定については不明)


A案とB案に優先提供の指定の項目があることは、テレビでは、取り上げられないことが多いが、ドナーになる意思のある人が、親族などを提供先に指定できるようにするべき、という考えについては、以前、厚生労働省でパブリックコメントを募った時、賛同する意見が多かった。しかし、反対する意見も存在する。

2009-04-21
親族への優先提供について(基本的理念と改正案との矛盾)
http://d.hatena.ne.jp/minajump/20090421/1240292607

提供先の指定に反対している例としては、B案とほぼ同じ、現行法の規定を12歳以上もしくは6歳以上に引き下げるという改正私案を作った、森岡正博さん、C案とほぼ同じ、「生きている提供者の保護のための法改正私案」を作ったぬで島次郎さん、そして、私も、反対している。

子どもの意思表示を前提とする臓器移植法改正案の提言
森岡正博(大阪府立大学教授・倫理学)
杉本健郎(関西医科大学助教授・小児神経学)
http://www.lifestudies.org/jp/moriokasugimoto-an.htm

生きている提供者の保護のための法改正試案および研究対象者保護法試案
(200309.ぬで島次郎他)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/200309Nudeshima.htm

なお、テレビでは、C案では、脳死判定を現行法よりも厳格にするという点ばかりを取り上げて、現行法にない、生体移植についての項目を追加している点を、ちっとも、まったく、全然、取り上げない。

今回の国会での臓器移植法改正についての議論が、WHOの勧告によって海外渡航移植ができなくなるかもしれないという危機意識のもとに急に具体化したという事情もあって、日本国内でこどもの臓器移植をふやせるかどうか、という点にばかり、ニュースの焦点が当てられてしまっている。

数年前、生体肝移植ドナーの会が、厚生労働省にはたらきかけて、生体ドナーの健康状態についての調査を実施させたことは、新聞でも報道されたことがある。そういうこれまでの動きと、今回の臓器移植法の改正とをつなげれば、C案で生体移植についての規定が取り上げられていることの重要性を、しっかりと伝えることができるはずである。

日本の移植に関する法律は、角膜移植法→角膜腎臓移植法→臓器移植法、と発展してきた。

角膜移植法では、心拍停止・呼吸停止・瞳孔散大の三徴候死後、本人が生前に拒否していても、遺族が同意すれば、角膜を移植のために摘出することができた。

角膜腎臓移植法では、脳死と診断された人の心拍が停止した後、本人が生前に拒否していなければ、遺族の同意のもとに、腎臓を移植のために摘出することができた。

そして、臓器移植法では、脳死と診断された人の心拍が停止する前に、本人の事前の書面による承諾があって家族が拒否しなければ、移植のために臓器を摘出することができるようになった。もっとも、現行法のもとでも、経過措置として、脳死と診断された人の心拍が停止した後、本人が生前に拒否していなければ、遺族の同意のもとに、腎臓を移植のために摘出したり、角膜や皮膚を採取したりできる。

現在まで、心拍が停止した後ならば、遺族の同意のみでも臓器や組織を移植のために摘出採取できるが、心拍が停止する前には、本人の事前の書面による承諾と、家族が拒否しないこととが、必要となっているのである。

この数年間、テレビで移植に関する番組を見るたびに、移植待機患者側だけでなく、脳死と診断される患者の側も取り上げるべき、との感想を、掲示板などに書いてきた。それがやっと、最近一箇月ほどは、移植を受けて元気になった人や移植待機中に亡くなった人に加えて、実際に長期脳死となっているこどもさんも、紹介するようになった。

5月17日夜に放映された「サキヨミ」では、
「もし、今国会でA案が採択されたら、家族が拒否しない限り、みづほ君(1歳のときに脳死と診断されてから8年間成長を続けている男の子)は法的に死んでしまったことになる。逆にA案が採択されなかったらみどりちゃん(USAに渡航して心臓移植を受けた女の子)のようなこどもを救うことは絶望的だ」
と述べていた。

長期脳死と呼ばれる状態にある人を知ってしまうということは、脳死移植が、更に一歩、生体移植に近づくことではないのだろうか。

脳死移植のドナーは、生体移植のドナーと同じぐらい、保護されて当然ではないのだろうか。

それなのに、現行法に生体移植の規定がないとは、ドナー軽視もはなはだしい。今、一番、急いで改正されるべきは、この点ではないのだろうか。

Transplant communityという言葉がある。移植医療には、移植患者、移植医、移植コーディネーター、さらには、ドナー、ドナー家族など、多くの人々が関わっており、それらの人々が一種の助け合いの共同体をなしているのだ、という概念を表わした言葉である。

"transplant community" の二つの意味
http://www.lifestudies.org/jp/teruteru08.htm

2000年に「脳死否定論に基づく臓器移植法改正案について」(通称、てるてる案)を発表したとき、「ドナーの遺族とレシピエントとの交流」という項目を作っておいた。


現代文明学研究:第3号(2000):139-179
脳死否定論に基づく臓器移植法改正案について
http://www.kinokopress.com/civil/0302.htm

ドナーの遺族とレシピエントとの交流

移植コーディネーターは、次の情報を、ドナーの意思に同意した遺族、レシピエント、それぞれに伝えることができる。なお、一方に他方の情報を伝えるときには、必ず事前に確認をとり、許可を得ることとする。

レシピエントの氏名・年齢・性別・移植の予後についての情報
ドナーの氏名・年齢・性別・死亡の原因となった疾患・末期医療についての情報
ドナーの臓器移植についての考えが、末期医療選択カード以外の文書にも表明されている場合、それもレシピエントに伝えてもよい。
住所・電話番号・メールアドレスなど連絡先に関する情報は、移植コーディネーターが、ドナーの遺族・レシピエント双方との面接や文通などを通して状況をよくつかみ、必要とあれば、ドナーの遺族の相談にのっているソーシャルワーカーなどとも連絡をとり、ドナーの意思に同意した遺族とレシピエントと双方の了解を得たうえで、伝えてもよい。

移植コーディネーターは、ドナーの遺族と、レシピエントが、面会や文通などの交流を行うとき、必要とあれば、側面から援助し、記録を残す。しかし、管理しようとしてはならない。双方の交流に不適切なものがあると判断した場合は、ただちに介入し、積極的に相談にのり、必要とあれば、臓器移植を検証する権限を持つ第三者機関に訴えることができる。第三者機関が訴えを受理したら、移植コーディネーターは、ドナーの遺族とレシピエント双方についてのすべての記録を第三者機関に提出し、ドナーの意思に同意した遺族とレシピエント双方にも、コピーを提供する。


ドナー家族とレシピエントとの交流は、実際に、USAでおこなわれており、そのためのガイドラインも存在する。

National Communication Guidelines 抄訳
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/guidelines.htm

また、ドナー家族とレシピエントとの交流について、移植コーディネーターによる、研究論文も幾つも発表されている。

Pamela Albert (CPTC) の論文抄訳・部分訳
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/Albert.htm

David Lewino(CPTC)の論文抄訳
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/Lewino.htm

LaRhonda Clayvilleの論文抄訳
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/Clayville.htm

てるてる案で、ドナーの遺族、ドナー家族とレシピエントとの交流を取り上げたことについて、当時、私は、移植医療において、死人に口なしではなく、死人に口を開かせ、あとくされのあるものにしたいのだ、と掲示板での議論で答えた覚えがある。

それは、移植のために提供された臓器を、「もの」ではなく、「ひと」として、レシピエントに受け取ってもらうためである。

A案、B案、C案、D案、どの改正案を支持するにしても、今一度、ドナー家族の立場をよく知ることが大切である。

森岡正博さんと一緒に、B案とほぼ同じ、現行法の規定を12歳以上もしくは6歳以上に引き下げるという改正私案を発表した、杉本健郎さんは、小児神経科医であり、また、ドナー家族でもある。息子さんが6歳のときに交通事故に遭って脳死と診断され、当時の角膜腎臓法のもとに、心拍停止後に腎臓を提供した。そのときのことをとりあげた、NHKのドキュメンタリー番組がある。

NHK特集
剛亮生きてや 〜脳死を見つめた78時間〜
放送日1987年3月16日
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10001200998703160130082/

NHKには、是非、この番組を、今、この時期に、再放送してもらいたい、と思う。



D案に「憤り」と緊急声明―臓器移植患者団体連絡会など
5月14日23時25分配信 医療介護CBニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090514-00000012-cbn-soci
臓器移植患者団体連絡会などは声明の中で、D案について、あたかも小児移植が実現するA案の修正案のようにいわれているが、子どもを救えないのみならず、15歳以上についても全く現状を変えられないと批判。現行法と同じく、臓器提供をもって初めて脳死を人の死とするため、親が子どもの臓器提供を考える場合、「まだ亡くなっていない子どもを、親の承諾で死んだことにしてしまう」と主張している。その上で、「この場に及んでWHO(世界保健機関)を無視し、現行法の下で起こっている諸問題の解決策にもならない」D案が提出されようとしていることに、「強い憤りと驚きを禁じ得ない」とし、A案の速やかな採決を要望している。

 日本移植学会などは声明で、「移植によってしか救命できない多くの患者を救うために、現行法の改正が必要」と指摘し、「現状を変えられない」D案の内容に「強い憤りを禁じ得ない」と主張。「多くの患者を救い得る、また脳死を拒否する権利を保障するA案」の採決を要請した。


D案では、
臓器提供をもって初めて脳死を人の死とする
親の承諾で死んだことにしてしまう
から反対だというのに、
A案では、
脳死を拒否する権利を保障する
という。

D案は、
おとなは本人の事前の承諾と家族の承諾で脳死を死として受け入れ、
こどもは親の承諾で脳死を死として受けいれるという法案で、

A案は、おとなは本人が事前に拒否していなければ家族の承諾で脳死を死として受け入れ、
こどもは親が拒否したら脳死を死として受けいれない、という法案だ、

と言っているのだと思うが、
おとなは本人の事前の承諾を必要とするDと必要としないA、という違いがあるが、
こどもはどちらも本人の事前の承諾を必要としない点は共通で、ただ、
家族が承諾するか、
家族が拒否するか、
という表現の違いがあるだけで、その内容は、どう違うのか?

*追加
私の疑問に、答えてくださっているブログがありました。

脳死について
http://blogs.yahoo.co.jp/tankateki/16861959.html
私が脳死を死と認めてよいと考えるのは、

テレビで取りあげらている御家族のようには、子どもを介護できない御家族の存在があるからです。

それはいろいろな御事情があるでしょう。

経済的なこと、身体的・精神的なこと・・・。


その状況の御家族がわが子が脳死になった時の様子を思い浮かべてみてください。

日本人の考え方から、また、周りの反応を考えた時、

従来通りの死の判定を前提として、家族の考えで脳死を死と判断していいとしていた場合、

脳死を死と選択することに大きな壁があると思うのです。

その御家族の将来を考えた時、いかがでしょう・・・。


ですから、脳死を死とすることを前提として、

御家族の考えを優先するという考え方(A案)を私はとります。

なるほど、そういうことか……

それでは、植物状態の人は、認知症の人は、と、反論を書き込んでしまいましたが、
今まで理解できなかった、A案でも、脳死を選択しないことができるんだ、という
反論が、理解できるようになったと思います。

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2009/05/19 23:38

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
拙速な、なしくずしでの、わけわかってないのにわかってると思いこんでる議員さん主導での採決は、行わない方が良いと思います。ちょっとヤバい状況だと思います。マスコミって、わたしが新聞記者を志していた20年くらい前にはもうちょっと「第三の権力」っぽいところでぐずぐずしてたと思うんですが、最近は何んにもそういうところがなくなって御用新聞だらけになってしまった印象で、なんとも寂しい限りです。
ちしゅー
2009/05/19 21:34
ちしゅーさん、おひさしぶりです。きょう、関西では「ちちんぷいぷい」という番組で、根本的な問題として、ドナーカードを持っている人が少なく、こんな状況で国会で議論してもしゃあない、という意味のことを述べていました。まっとうな意見だと思います。あちこちのブログをまわっていると、A案支持の方も、他の案を支持している方も、脳死移植に反対の方も、マスコミが、自分の側にとって不利で反対側にとって有利な情報ばかりを報道する、と感じているようです。確かに新聞もテレビもマスコミの報道は、不正確だったり不十分だっがり不公平だったりしますが、しかしそれを非難する自分の側も自分の側に偏っているんだなあ、とも思います。あたりまえですが……(^^;)
てるてる
2009/05/19 22:56

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