てるてる日記

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zoom RSS あおる、あおらない

<<   作成日時 : 2007/09/06 19:39   >>

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おととい、テレビで「ちちんぷいぷい」という番組を見ていた。

有名な殺人事件の弁護士団に、懲戒請求が殺到した、という話題を取り上げていた。

「ちちんぷいぷい」に登場している人たちのなかに、
他の番組で、
この弁護士団に懲戒請求を送ったらいい、
と言った、別の弁護士のことを、
あおったわけではない、と主張している人がいた。

それは、その人が、その番組のなかで、
こんな弁護士、やめさせられへんのですか、
と、質問したら、
そういう場合は、懲戒請求をしたらいいんですよ、懲戒請求は誰でもできるんですよ、
と教えてくれたので、何も、視聴者に向かって、皆さん、懲戒請求をしましょうと、あおったわけではない、ということだった。

しかし、私は、それは、あおる意志はなかったかもしれないが、不注意によって、結果的に、おおぜいの人々に軽挙妄動を起こさせてしまったと思う。

テレビの番組のなかではなく、その質問をした人と、どこかの部屋で、話していて、教えてあげたのなら、全然、あおったことにならない。

その場合に、懲戒請求をしたらいいと教えて貰った人が、テレビで、こういうことを教えて貰ったんですよ、と発言して、その結果、同様に多数の懲戒請求が殺到したら、その、テレビでしゃべった人が、あおったことになる。

つまり、テレビのカメラの前で話すことというのは、不特定多数の人が見ているのだから、意図せずとも、自分の発言によって、「あおられる」人々が出てくることもありうるのだと思う。


しかし、そういうことを言い始めると、何かのおりに、善意の人が、人々にパニックをあおったとか、テロをあおったとか、指弾されて、社会的な制裁を受けたり、法律上の罪に問われたりする世の中になってしまうかもしれない。

思想の自由、言論の自由は、不可侵の神聖なものだと、私は思う。
けれども、発言の結果責任ということを考えると、むずかしくなる。
そんな責任を取る必要は、無いとも言えないし、有るとも言えない。あるいは、無いとも言えるし、有るとも言える。

テレビだけじゃなく、インターネットのサイトや掲示板で発言することも、不特定多数の人が見るから、同じむずかしさがある。

ブログが炎上する、ということを、そのブログの発言者の発言のなかに、人々の感情を逆なでする部分が含まれているからだ、とみなす人もいるようだ。

だが、そんなことは、本質ではないと思う。

懲戒請求が殺到したり、誰かのブログにそのブログの管理人に対して批判非難誹謗中傷のコメントが殺到したりする、そういう現象というのは、おおぜいの人が、無責任に行動するという、そのことに問題が有る。

そういうとき、そういう無責任な行動をとっている人々の大部分は、「一般的な」「常識的な」「良識的な」「人間的な」「正しい」「優しい」などなど、良い考えに基づいて行動していると信じている。

そういう行動をとる自分自身が、、「一般的な」「常識的な」「良識的な」「人間的な」「正しい」「優しい」「良い」人々のかたまりの一員となっていることに、安心感を持ち、疑いをいれることがない。

そういう現象は、いつでも、どこでも、頻繁に起こる。

そのことが、どんなに恐ろしいか。

それは、幾ら言っても言い足りないし、何度でも、注意し、自覚するべきだと思うのだが。


*参照記事

「光市の母子殺害事件、弁護団懲戒請求が3900件超す」
2007年09月06日
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200709060020.html


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
橋下なにがしという人は、本気で思うんだったら自分で懲戒請求なりをすればいいと思うんですよ。それなら(賛否はともかく)それなりに筋の通った話でしょう。
「まず隗より始めよ」という言葉はこういう時にあるわけで。
自分はテレビで高いギャラを貰いながら、面倒なことは他人様にやれやれとけしかける。そこからしておかしいと思います。
(ナツ)
2007/09/06 23:34
(ナツ)さん、こんばんは。たぶん、最初に説明したときに、「私自身はしませんが、やりかたとしては懲戒請求という方法があります」と言えばよかったんでしょうね。その「私自身はしませんが」という一言があるかないかで、だいぶ、違ったと思いますよ。
てるてる
2007/09/07 01:00
なるほどなぁ。

まあ僕もむかし宮台先生の名前を使ったアングラ掲示板ができたときに「おまいら荒らせ荒らせ」などとやったことがあるので他人様のことは言えません。
(ナツ)
2007/09/07 23:47
いつでも・どこでも・だれにでも、起こりうる、のですよね。でもなんかこうやってソレが話題になってるのを読んでいると「わたしは大丈夫‥‥だと思いたい!」という思いが強くなって、よろしくないです。
「けっして自分を棚上げにしない」のはもちろん、自分は大丈夫だと思いこまない。そして「けっして自分を正当化しない」というのも大事な気がします。
ではです。
ちしゅー
2007/09/09 20:57
ちしゅーさん、こんばんは。自分を正当化しないのはむずかしいです。それに、何が正しいのかわからないことが多いです。NHKスペシャル「奇跡の詩人」を批判していたとき、私は2chの多数派だったけど、正しいことをしていると思っていました。でも、その2chで、奇跡の詩人を批判したことを、逆に批判される立場になったときは、とてもこわかった。貴重な体験だったと言いたいけど、要するに、わたしってばかなだけじゃん、という思いも……
terutell
2007/09/09 22:16
ええ、うう、正当化するために文章を書いてるようなノリがわたしにはあります。「正当化してはいけない」という内容を正当化。正当化ノリの権化。

わたし、いいことをしていると思っているときに多数派になると、安心して気が大きくなりがちです。逆にずっと少数派のままだと「どうしてみんなわかってくれないんだ!」と言って意固地になりがち。(この「みんな」がまたクセモノ。)

ということは、良いことをしている自覚があるときは少数派にいた方が人畜無害な気がします。でも人畜無害はそんなに良いことではないと思う。意見を言うということは一つの見方を提示するということなのだから、別の見方からは有害にもなり、反対意見も出る。それが当然かも、と思います。

たとえ無理でも、なるべく責任を取れる生き方をしたいです。
ちしゅー
2007/09/09 23:52

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