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zoom RSS そこに空地があるから

<<   作成日時 : 2006/08/23 17:48   >>

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「きっこのブログ」さんの「2006.08.21 猫殺し作家の屁理屈」に、坂東真砂子さんの「子猫殺し」というエッセイが全文紹介されている。
とても興味深いエッセイである。始めのほうに、ある「空地」が紹介されている。

家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、そこに放り投げるのである。タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、野鼠などの死骸がころころしている。子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。自然に還るだけだ。


それで、坂東真砂子さんは、三匹の雌猫を飼っているのだが、どの猫にも避妊手術を施さず、勝手に雄猫と交尾するに任せ、生まれてきた子猫を、引き取り手がいないものだから、この崖下の空地に投げ捨てて殺している、という。

このエッセイは新聞に掲載されたため、たちまち、残酷だという非難の声があがっている。2ちゃんねるのニュース速報板にスレッドが立って、非難の嵐である。そしてまた、「きっこのブログ」さんも、たいへん厳しく批判している。

「きっこのブログ」さんを読むと、猫に避妊手術を施すことがいかに重要かということがわかる。きっこさん自身の飼い猫が猫エイズや猫白血病の母子感染で死んだ悲しい体験も語られている。

タヒチの坂東真砂子さんは、「ネコエイズ」や「ネコ白血病」のことはエッセイに書いていない。ただ、雌猫の生理と子猫の生命と、人のわがままについて書いているだけである。

獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。

もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。

子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。
私は、これに異を唱えるものではない。
 ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。
 愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。


私は、坂東真砂子という人は、猫に避妊手術を受けさせることは、ペットを飼う楽しみを享受するばっかりで、猫のこどもをふやさないことに伴う悲しみや罪の意識を逃れようとする危険性がある、と感じているのだと思う。
避妊手術を猫に受けさせると、こどもを殺される猫の悲しみがわからなくなる。
それより、自分の手で猫を殺して、自分の罪深さを感じるほうが正直だと思ったのではないだろうか?

私は、坂東真砂子さんのエッセイを読んでいると、森岡正博さんの『無痛文明論』を思い出すのである。
森岡正博さんの『無痛文明論』や『生命学に何ができるか』には、人間が生きていくときに背負う矛盾や解決不可能な問題について、とことん書いてある。
「無痛」というのは、その矛盾や苦しみを先取りして、できるだけ早いうちに芽を摘み取って苦しまずにすむようにすることのようである。
そのための工夫が現代では高度に発達している。
猫の避妊手術も、その「工夫」の一つだと私は思う。
だって、そんな手術がおこなわれるようになったのは、せいぜい、数十年前からか、十数年前からかじゃないのだろうか?

坂東真砂子さんにとっては、猫に避妊手術を受けさせることと、生まれてきた子猫を殺すこととを比べると、子猫を殺すほうが、「自然に」感じられたのではないだろうか。

この「自然に」というのは、その人の心に感じる自然さ、ということであって、人間がどう思おうと関わり無く、それそのものとしてそこにある「自然」とは、別物である。

あくまでも、坂東真砂子という人にとって、比較的「自然に」感じられるのはどちらか、と比べてみて、避妊手術よりも子猫殺しを選んだのだと思う。

そういう坂東真砂子さんの感じ方について、私は、いい、とも、わるい、ともいえない。人によって感じる「自然らしさ」は異なると思うので、坂東真砂子さんの遣り方を不自然だと感じたり、あるいは、倫理的でない、不道徳だ、と考える人もいるのは、当然だろう。

そして、坂東真砂子さん自身、自覚しているが、猫にしろ、何にしろ、動物を飼うということ自体がそもそも根本的に不自然である。でも、人は、ある程度の不自然さがないと、人として生きていくことができない。猫を飼うという、根本的な大「不自然」のなかで、部分的な「自然さ」を守ろうとして、子猫殺しを選ぶ人、飼い猫への愛情と責任感から避妊手術をおこなう人、どちらも、猫を飼ったことのない私にとっては、同列である。どちらも、あえて動物を「飼う」ことに伴う矛盾を引き受けていると思う。ただ、避妊手術を選択する人が圧倒的多数派なのはまあいいとして、そしてまた避妊手術選択派が、子猫殺しは間違った選択であるとして、怒りを向けるところまではまあいいとして、坂東真砂子さんのエッセイの載った新聞社に抗議したり、著書の不買運動を始めたり、フランス大使館に連絡したりするとなると、あまりにも偏って一方的に自分達の価値観を正義だと思い込みすぎている、と思う。そこまでする必要はない。

タヒチの坂東真砂子さんの家の近所には、子猫の墓場にふさわしい場所があった。そこで死ねば、他の動物たちと一緒にあの世に行けるんじゃないのか。仲間がいて寂しくないんじゃないのか。だから、雌猫の避妊手術よりも、子猫殺しを選んだのじゃないか。



*2006/08/25 追記

結局、坂東真砂子さんは、どうせ飼い猫の数を調整しなければならないのなら、なじみの方法でやりたかったんじゃないかと思う。

彼女の猫殺しが話題になってから、昔は、あるいは田舎では、子猫を川などに捨てて殺した、という投稿やブログを、何件か読んだ。

今は、あるいは都会では、避妊手術という方法が普及している。

でも、その方法はいやだと。

坂東真砂子さん自身がいろいろと書いているが、それが自己正当化とか自己陶酔とか受け取られているけれども、たぶん、ほんとうのところは、理屈じゃない、自分にとっては昔なじみの方法の方が自然だと感じられるんだと、いうことだったんではないだろうか。

そして、タヒチの自宅の近所は、昔なじみの方法を実践しやすい場所に思えたのだろう。
崖の下に、日頃から動物の死体が転がっている空地がある。あそこに子猫を投げ捨てればよい、と。
それが昔なじみの、子猫を川に捨てるとかいうような方法と共通のものだと感じたのだろう。

子猫殺しが子猫にとって残酷なことは、坂東真砂子さん自身、よくわかっていると思う。
もし坂東真砂子さんが、私の想像通りに、こどものときに、川に子猫が捨てられるのを見たことがあるとしたら、そのとき、彼女自身、かわいそうに、なんて残酷な、と思ったに違いない。

でも、おとなになってから知った避妊手術よりも、こどものときから知っている方法のほうが、自ら、残酷だ、かわいそうだ、と感じることができて、正直だ、という気がしたんではないだろうか。
あるいは、人類が昔から繰り返してきた残酷な行為に自分が加わっている、自分はおおぜいの先輩と同じことをしている、自分の親や祖父母やその先祖達と同じことをしている、という安心感があったかもしれない。

避妊手術というのは、両親や祖父母や先祖の知らない方法だし、どうもなじめない、と思ったのかもしれない。

せっかく避妊手術という文明の利器があるのにそれを使わないなんて、なんて悪趣味な、野蛮な、自分勝手な、残酷な、異常な、……という反応はもっともである。

しかし、何も、坂東真砂子の著書の不買運動だとか、動物愛護団体やフランス大使館に訴えたり、動物愛護の法律違反で逮捕されるように訴えるとか、子猫殺しのエッセイを載せた日経新聞社に抗議するとか、そういうことまでする必要はない。

私が坂東真砂子さんのエッセイを最初に読んだのは、「きっこのブログ」だった。だから最初から、坂東真砂子さんの「子猫殺し」の内容よりもむしろ、きっこさんの反応の方が強烈で、何もそこまでしなくてもいいだろう、という気持ちが強かった。これじゃあリンチを煽っているようなものではないか、ちょっとやりすぎ、ちょっと待って、冷静になって、きっこさん、「きっこのブログ」の読者の皆さん! という気持ちから、この問題に入っていった。だから、他にも、一方的に坂東真砂子を責めるだけでなく、もう少し考えよう、というブログや投稿があると、共感を持つことが多い。坂東真砂子批判非難なら、もう、無数にあり、そうなると、これは群集心理じゃないかとか、大衆によるリンチじゃないかとか、恐怖を抱いてしまう。おおぜいの人間の憎悪や嫌悪の塊を見ることは、それだけでこわい。たかが猫のために、なんで人間がそこまで憎まれなければならないのか、と思う。だから、異常なまでの多くの人々の敵意に自分までが参加したくない、どうせもともと猫も犬も飼ったことが無いし、というのが、私の立場である。

子猫殺しにはとにかく恐怖と嫌悪と憎悪を覚える、という人もいて当然である。それはそれでよい。

坂東真砂子さんの作品について話し合う掲示板がある。
そこは数日前から「子猫殺し」批判非難の投稿が殺到している。
そこまで批判非難一色でなくてもいいのじゃないか、もうちょっと考えてみたら、という趣旨の投稿をすると、おまえも坂東と同類か、という決め付けでもって非難される。
それらの非難のなかに、人間に対しては許されないことが猫に対してなら許されると思っている狂気、という意見があった。
しかしそもそも、ペットにすること自体、猫に対してなら許されるが人間に対しては許されない。
だから狂っているというなら、人間全体が狂っている。みんな狂っているんなら、何も、避妊手術派が子猫殺し派を犯罪者扱いしなくたっていいと思う。

たとえば、坂東真砂子さんの子猫殺しを批判する場合に、人間が、避妊もせずにこどもを生んで殺すとしたら許せるか、と問い質す例が、よくある。

それは、許せない。

では逆に、飼い猫に避妊手術をすべし、という人に対して、何人か自分のこどもが生まれた後で、配偶者に、避妊手術を受けてくれ、といえますか、ときいたら、どうだろうか。

本人が避妊手術を受けたらそれでいい、という返事もありそうだが、私は、夫婦なんだからふたり一緒に避妊手術を受けるべきじゃないか、とか、ぶつぶつ、煮えきらずに、考えてしまう。

飼い猫に避妊手術を受けさせることと、子猫殺しと、どっちも、人間の都合で猫の数を調整していることにはかわりがない。

今の日本では猫の避妊手術が普及しているからといって、猫を飼っている人は皆、避妊手術を選択し、子猫殺しをしてはいけない、と法律で強制することができるだろうか。
そういうことは強制してはならないと思う。



**参照**

きっこのブログ〜2006.08.21 猫殺し作家の屁理屈〜
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/08/post_3aec.html

双風亭日乗〜2006-08-22 「猫殺し作家の屁理屈」(きっこのブログ 8/21)について〜
http://d.hatena.ne.jp/lelele/20060822

どーか誰にも見つかりませんようにブログ〜2006年08月21日 子猫殺し〜
http://blog.livedoor.jp/ussyassya/archives/50671702.html

土佐高知の雑記帳〜「猫・犬殺し」論争(?)考〜
http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-421.html
うーん。
これははたして、ワンちゃん、猫ちゃんにとっても幸せなのか不幸なのかよくわからない。ただ、人間にとってはいいよね。繁殖の心配ないし、近所迷惑にもならない。犬猫はおとなしくなれば扱いやすいもの。
息をして食べて動くぬいぐるみか…(^^;

で、人間に置きかえたらどうなるの?
こんな状態にされて生きることが幸せなのか?
避妊手術にしても、結局は人間のワガママなのではないか?



歩行と記憶 06/08/24■[いのち][hospital]僕は猫でないけれど、去勢手術
http://d.hatena.ne.jp/kuriyamakouji/20060824


uumin3の日記2006-08-22■[倫理] 子猫を殺すこと
http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20060822#p1


佐藤亜紀さんの日記 2006.08.23
http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2006/08/2006823.html


ココヴォコ図書館 2006年08月23日 衆愚化は子猫の夢を見るか?
http://anotherorphan.com/2006/08/post_369.html


参悲虎 24de8,2006(Thu)■[web]猫を突く理屈をこね(回文) ねこころ問題について。
http://d.hatena.ne.jp/kasuho/20060824/p1
id:shinimai君のブクマを見て、おそらく彼は僕とは反対の意見なのだろうな、と思っていたら案の定。

死に舞 - 「子猫殺し」への批判とその批判可能性

死に舞 2006-08-24 アニマルマニア■[aberrations of youth]「子猫殺し」への批判とその批判可能性
http://d.hatena.ne.jp/shinimai/20060824/p1


木走日記 2006-08-25 「子猫殺し」コラムについての一愚考
■[社会]「子猫殺し」コラムについての一愚考〜私はこういう人とは関わりは持ちたくない 17:18
●三味線の名取り(杵屋)だった私の母
●「四つ(よつ)」と「犬皮(けんぴ)」
●激減している国内の「四つ(よつ)」や「犬皮(けんぴ)」の加工(なめし)職人

●この小説家の論には、すっぽりと子猫の尊厳ある命に対する敬い・感謝の念が抜け落ちている
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060825


猫にゃん日記 2006年8月21日 坂東真砂子「子猫殺し」
http://plaza.rakuten.co.jp/zats7para/diary/20060821/


あんとに庵◆備忘録
http://d.hatena.ne.jp/antonian/
2006-08-22■[社会・時事]坂東さん、批判にさらされるの巻 22:04
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060822/
2006-08-23■[社会・時事]猫殺しと猫ファシスト/続報、犬殺しも? 22:56
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060823
2006-08-24■[島犬日記]島の犬達 01:29
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060824
2006-08-25■[島犬日記]飼うことの矛盾 15:38
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060825
2006-08-26■[文化一般]文明と野生/子猫殺しへの大衆心理 13:59
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060826
2006-08-28■[島犬日記]猫飼い 22:01
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060828


地下室のスパイダー 2006-08-23 晴れ ■捨て猫ムツトゲイセキグモを探していると足下で何かが動く。
http://d.hatena.ne.jp/anhedonia/20060823


eirene
2006-08-26■[生活]動物との関わり
http://d.hatena.ne.jp/eirene/20060826
2006-08-27■[生活]動物の間引き
http://d.hatena.ne.jp/eirene/20060827


猫の空論 猫間引きの話
http://bluecats.jugem.jp/?eid=98


白のカピバラの逆極限 S144-3 2006-08-22■子猫の間引きhttp://d.hatena.ne.jp/nuc/20060822


+ C amp 4 +2006-08-26■[philosophy]坂東真砂子氏からの宿題http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20060826


Living, Loving, Thinking 2006-08-25■今更ながら「子猫殺し」http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060825


Studio RAIN's diary
2006.08.23 子猫殺し
http://studio-rain.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_b00d.html
2006.08.24 続・子猫殺し
http://studio-rain.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_6cae.html
2006.08.26 続々・子猫殺し
http://studio-rain.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_78d0.html
 この件について、mixi である人と議論した内容を一部転載。長いです (^^)。
(略)
ところが、ペットの場合には、人間並みの権利、というのが本質的な上限になってしまうんですよね。少なくとも、飼い主を選ぶ権利とか、飼われることを拒否する権利、自由に逃亡する権利、などは、ペットという概念に本質的に反してますから (^^)。

ペットを飼いたいという「人間の都合」には、動物を自分の自由にしたいという欲望と、動物を人間並みに扱いたいという欲望という、本質的に相矛盾する欲望が入り混じっているわけで。そこを自覚しておかないと、変な極論に陥ってしまう危険があると思うわけです。
(略)
愛猫家が非難する理由は、おそらくさっき書いたように、「猫と人類は仲良しである」という愛猫家の共同幻想が崩されるからだと思うんですね。

ただ、この理由が、他人に何かを法的に強制するほどの理由なのか、というところには多少の疑問があるんですよすね。

もともと、その共同幻想というのは、猫族たちの主体的な選択によるものではない、たぶんに愛猫家たちの自己満足的なものですから、万人に強制するような普遍性があるのかどうかも疑問ですし。
(略)
フランスの刑法っていうのは、やっぱりキリスト教的な発想なんじゃないでしょうかねえ。日本の動物愛護法も、もともと日本の文化に根ざしたものではなく、西洋から野蛮だと言われて仕方なくつくったみたいなところがあるようですし (^^)。
(略)
彼らが主観的にどう思っているかはわかりませんが、動物に権利を与えることこそが、まさに人間のためである、というロジック自体はそれほど変でもないと思います。
(略)
ロボットだって、最初は人間の所有物から出発するでしょうけど、どんどん知能が高くなってくれば、かれらに「人権」を持たせた方が、人間にとっても都合がいい、という議論も出てくると思いますね。そうすれば、アトムや PLUTO のような世界が実現する可能性もある。これはある意味、動物の権利よりも実現性があるんじゃないかなあ (^^)。



at most countable 2006年08月28日気が進まないけど「ネコ殺し」の件・・・
http://at-most-countable.seesaa.net/article/22949917.html
私の願いとしては、どうか、この問題について
簡単に結論を出さずに
疑問を持ち続けて欲しい、という事です。
適当な「理屈」に飛びついて
「胸の支えが取れた」「胸のすく思いがした」
とか
「モヤモヤとしたものが晴れた」
とか言わないで
その「モヤモヤ」を持ち続けて欲しい、と。
そうしてくれたなら
(その上で、様々な意見を読んでいく事は)
「生命倫理」の非常に良いレッスンになる、と思うから。



M.FUKUSHIMAの単刀直入
坂東眞砂子さんの子猫殺しについて
http://shubniggurath.at.webry.info/200608/article_6.html
 私は少なくとも、安易に非難している人に組しません。少なくとも、責任と覚悟を持って自ら子猫を殺しているとしたら、無責任に猫を捨てている人よりはるかにましです。私は現実に、おそらくこんな捨て方では生きていけないことが明白な捨て方をされた猫も見たことがあります。事実上、それらも紛れもなく猫殺しです。ただし、捨てた人間に殺したという認識すらない可能性があることを考えると、坂東さんよりよほど罪深いことに思えます。結局、私自身もその猫を引き取れず、状態だけ改善したものの(ビニール袋の中に何匹かびっちりと押し込められていたのです。わたしはその猫を袋から出すことをしただけです。)見捨てました。おそらく、あの猫たちは死んだでしょう。私も紛れもなく猫殺しです。罪深さでは坂東さんと変わらないと思いますが、自分が猫殺しだと自覚しないで捨てている人間に比べればましだと思います。

M.FUKUSHIMAの単刀直入
続坂東眞砂子さんの子猫殺しについて
http://shubniggurath.at.webry.info/200608/article_8.html
私も糾弾を覚悟で書けば、私が子殺しを選んだら投げ捨てるなどということはしません。この手で絞め殺して、自分がどれだけの罪を犯しているかをしっかり受け止めることでしょう。もちろん好きでやるわけではありません。そんなことを実際にするくらいなら、切腹するほうがましです。それでも、殺すことを決めたときはあえてやります。



田口ランディ公式ブログ 小猫を殺すこと
http://runday.exblog.jp/4403629/
ではなぜ、胎児は中絶しても黙殺されるのに、小猫を同じ理由で殺すといきなり批難されるのだろうか。それは、猫は去勢していいのだという暗黙の了解があるからだ。しかし、猫の子宮を取っていいと決めたのは誰か? 猫でないことは確かだ。猫はそんなことは選択できない。だから猫の子宮を取っていいと決めたのは人間である。人間の子宮を取ってはいけないが、猫の子宮は取っていいのである。それはなぜだろうか? 人間は時としてとても傲慢だと思える。猫は子宮を取っても嘆かない。猫はその状況に甘んじる。だから、猫は人間を批難しない。よって、人間と共生するためには猫にリスクを負ってもらうのである。それが猫の幸せである、という発想だ。

でも、坂東さんはそう思わなかったのだ。猫には猫の幸せがある。子宮を取られたら本来その猫がもっていた個性の一部が損なわれる。ありのままでなくなる。それを強いるのなら、あえて中絶……と同じ、小猫殺しを選択した。つまり、雌猫を人間の女と同じに扱っているだけである。坂東さんは猫と自分を分けていないのだ。人間と同じルールを猫に適用したのだと思う。



ぷりぷり日記 2006年 08月 29日 子猫殺しと「きっこのブログ」http://kanosan.exblog.jp/4069748


注目!!
これは、二十年前に、数世代、数十匹の猫を飼ったある一家の話です。
猫を長年飼い続けていると、自然と雌中心になること、母猫の賢さ、躾けのうまさ、狩りのうまさ。人間の赤ちゃんの子守をする賢い猫。強く賢く優しく誇り高い雄の黒猫のすばらしさと、彼がけがをしたあとに訪れた、寂しい日……。猫の命懸けの出産と悲劇。猫の間引き。間引きをやめた結果、いちどきに十二匹の猫を飼っていたこと。そしてついに、猫を飼うのをやめたこと。
猫と人とのかかわりについて考えるうえで、是非、一読する価値のあるブログです。

ダムダリ夢を見る β星系
http://blog.livedoor.jp/damdari/
猫と暮らすこと(1)
http://blog.livedoor.jp/damdari/archives/50816791.html
猫と暮らすこと(2)
http://blog.livedoor.jp/damdari/archives/50816818.html
猫と暮らすこと(3)
http://blog.livedoor.jp/damdari/archives/50817559.html
猫と暮らすこと(4)
http://blog.livedoor.jp/damdari/archives/50818251.html
猫と暮らすこと(5)
http://blog.livedoor.jp/damdari/archives/50822024.html


ニートなんかこわくない 2006年08月25日 坂東眞砂子と子猫http://kawakkyo.seesaa.net/article/22796203.html


猫を償うに猫をもってせよ 2006-08-27 ペット気違いども
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20060827


キミガタメ「ハ」 August 26, 2006 作家、坂東眞砂子と猫殺しと正義http://blog.livedoor.jp/tanahata/archives/51111848.html
 では、“種”──40億年まえに生まれた初期の生命から脈々と受け継がれている遺伝子レベルで考えるとどうなるでしょう。
 生命の目的は、種の繁栄以上。
 種の繁殖を目的としない生命は、自然淘汰され、現在存在できません。
 そう、種の繁栄、という一点を目的と考えたとき、坂東眞砂子さんの行為は正義か悪か。
 “正義”です。
 子猫殺しも、それをメディアに発表したことも含めて。ある意味、坂東眞砂子さんが可能な最良の手段です。
 
 まず、今回話題問題になったことで、坂東眞砂子さんは猫を殺しにくい立場に立ちました。
 そこで、次に子猫が生まれたとき、里親を募集します。
 今までは、タヒチのような田舎で、雑種の子猫に里親が満足に集まるとは思えません。
 仮にいたとしても、生まれた子猫全てに、貰い手が当たらないでしょう。
 しかし、今回の件を受けて、坂東眞砂子さんが里親を募集した際、かなりの人が手を挙げると考えられます。
 タヒチにて今回の件を知った日本人や現地の人、また、日本に住む道楽者やパフォーマーがです。
 引き手あまたの子猫は、いろいろなところで育つでしょう。
 また、そのうちに何匹かは、避妊手術を受けることなく、また新たな命を生み出します。
 それこそが、遺伝子の悲願。種の繁栄。
 避妊手術を受けさせては、また、話題にならなければ、けして至れない境地。
 それを先読みした行為ならば、私は、坂東眞砂子さんの先見の明に感服します。
 


生命学・書籍など関連の情報交換掲示板http://6619.teacup.com/kanjinai/bbs

種と数の調整 投稿者:てるてる 投稿日: 8月26日(土)07時38分29秒
愛玩動物であれ、食用動物であれ、人間の都合で、種や数を調整していることは同じです。

(中略)

坂東真砂子さんはそれを問題にしたのだと思います。
坂東さんも猫を飼うからには、人間の都合に猫を合わせざるを得ない。
子猫の貰い手を捜しても、血統書つきとかでないと引き取り手がいない。
一方で、飼い猫の避妊手術をすることが一般に認められている。
これって、全体として、人間の都合で猫の種を調整しているんですね。
それもかなり勝手に無秩序に、欲望のままに、めちゃくちゃに。


森岡正博著『無痛文明論』
http://www.lifestudies.org/jp/mutsu07.htm
森岡正博著『生命学に何ができるか−脳死・フェミニズム・優生思想』
http://www.lifestudies.org/jp/seimeigakuninaniga.htm


児童小銃」さんの
■[雑記] 動物愛護の問題じゃなくて、
http://d.hatena.ne.jp/rna/20060821
■ なぜ猫を殺してはいけないのか
http://www.asahi-net.or.jp/~ix7r-nnb/Horobi/Miyadai/diary-14.html#08-12.s2


Because It's There
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/

日本の動物愛護管理法を紹介しています。

直木賞作家・坂東眞砂子氏の「子猫殺し」問題(上)

http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-135.html
直木賞作家・坂東眞砂子氏の「子猫殺し」問題(中)〜フランスのペット法事情
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-137.html

注目!!】
コメント欄での、春霞さんと美也子さんの議論がおもしろいです!!
 ↓
直木賞作家・坂東眞砂子氏の「子猫殺し」問題(中)(追記)〜J-CASTニュースがタヒチの動物愛護団体に問い合わせ
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-138.html

動物愛護法に基づく基準である、「家庭動物等の飼育及び保管に関する基準」(平・14・5・28 環境省告示第37号)を紹介しています。

直木賞作家・坂東眞砂子氏の「子猫殺し」問題(下)〜「物」から「者」への狭間で
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-139.html


**坂東真砂子の子猫殺しに批判的なところ**

D.D.のたわごと
http://blog.goo.ne.jp/d_d-/e/c133ad38c374ea0296b37245f23d1d77
ハマる生活
http://stakasaki.at.webry.info/200608/article_14.html
陶芸ブログ 炎と土にたわむれて
2006.08.21 Monday 21:19 女流作家坂東眞砂子「子猫殺し」 ネット上で騒然

http://katouen.jugem.jp/?eid=1337

**子猫殺しも、避妊手術も、猫にとってはどちらもいやなことだけど、あえて避妊手術を選択する**
MAOlog 風立つままに
2006-08-22■[生き物][ふりーふろあ]坂東真砂子さん

http://d.hatena.ne.jp/kazesk/20060822

**坂東真砂子の子猫殺しにも、坂東真砂子への過激な攻撃にも批判的なところ**
Muse on Music. 2006年08月26日 子猫殺しの坂東眞砂子@生とセックス
http://muse-on.seesaa.net/article/22845980.html


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タイトル (本文) ブログ名/日時
子猫殺し
なんかネットで騒動って多いんだね。新聞の投稿欄よりも選者が仲介しないだけ、ストレートな反応が多いけど。 ...続きを見る
どーか誰にも見つかりませんようにブログ
2006/08/24 02:48
[芸術]女の業
『火宅の人』という壇一雄の小説がある。まぁ鬼畜な男の生きざまだ。身勝手で弱くどうしょうもなく破滅型の。 火宅の人 (上巻) 作者: 檀一雄 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 1981/07 メディア: 文庫 自伝的小説でもあり、しかし彼の無茶苦茶な生きざまに解放感を覚えるの ...続きを見る
あんとに庵◆備忘録
2006/08/24 19:21
なぜ子猫を殺してはいけないのか?
…いや〜,『きっこの日記』で知ったときは,ひどい人間がいるもんだなで片づけようと思いましたが,ネットが先行気味ながらリアル社会のほうでも火がつきかけているようですね。坂東眞砂子問題。 ...続きを見る
D.D.のたわごと
2006/08/24 21:39
坂東眞砂子氏コラム「子猫殺し」関連のまとめ
 当ブログ記事は2006/08/18に日本経済新聞夕刊に掲載された 坂東眞砂子氏コラム「子猫殺し」 についての情報を集めるための記事(まとめ記事)である。  問題となった文章の全文紹介、このことについて書かれたブログの紹介、騒動の経過、ニュース、関連リンク集などからなる。 ...続きを見る
ハマる生活
2006/08/25 08:45
坂東眞砂子氏の「猫殺し」をめぐって
日経新聞に寄稿された坂東眞砂子氏の「猫殺し」をめぐってネット各所では坂東氏に対する「吊るし上げ」が行われています。拙ブログ亀田興毅選手をめぐる日本人のメンタリティでも触れたように、こうした「吊し上げ」は単なる& ...続きを見る
福田::漂泊言論
2006/08/25 10:48
女流作家坂東眞砂子「子猫殺し」 ネット上で騒然
女流作家「子猫殺し」 ネット上で騒然 2006年8月18日付け日経新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載された、直木賞作家・坂東眞砂子さんのエッセイが、ネット上を騒然とさせている。「私は子猫を殺している」というのである。坂東さんの掲示板では、06年8月19日にエッセイのコピーが書き込まれてからコメントが突如急増し始め、坂東さんへの批判が怒号のごとく続いている。 ...続きを見る
陶芸ブログ 炎と土にたわむれて 
2006/08/25 14:13
ネコ。
 昨日、【てるてるさん】のところの記事を読み、「ネコ」の記事の存在とそれに端を発した大騒ぎの存在とを知ることができました。また、【eireneさん】のところからリンクをたどっているうちに、わたしなりに共感できる記事とまったく共感できない記事とを読むことになりました。 ...続きを見る
Just a Little Bit of...
2006/08/25 17:16
坂東眞砂子の戯言
うちのみーがまた仔猫を産んだ。五匹もいてるんだ。みゃあみゃあ小さな声でないている。 かわいいなあ。 おかあさんが、電話をかけている。軽トラックが来た。その軽トラックのおじさんが 「奥さん、これお宅の飼い猫じゃあないんですか、もしかして。それだったら飼ってもら.. ...続きを見る
非日乗的日乗inowe社長blog
2006/08/26 00:59
作家、坂東眞砂子と猫殺しと正義
 作家の坂東眞砂子さんが生まれた子猫を殺している、と話しました。  多くの人の反応は、残酷だ、と批判的です。  しかし、この問題はいくつかに分けて考えなければいけません。    まず、第一に生まれた子猫にとって。  生を授かったものの生まれてまもなく殺さ.... ...続きを見る
キミガタメ「ハ」
2006/08/26 08:39
[文化一般]文明と野生/子猫殺しへの大衆心理
私の好きな作家にポール・セローという人がいる。どこか皮肉な視点で世の中を見回す。彼の作品の 『写真の館』は女流写真家の話だった。オキーフ辺りをモデルにしたような、孤高に作品を作り続ける女性を覚めた目で書き出していく。 彼の作品でもっとも有名なのはこれだろ ...続きを見る
あんとに庵◆備忘録
2006/08/26 14:01
彼女は猫を殺したのか?
日経新聞はとっているので18日付のコラムはリアルタイムに読んでいた。 最初はぎょっとしたが名前をみて納得した。 「坂東眞砂子」それは日本有数のホラー作家であるからである。 もちろん私は彼女独特の表現で、こういう一種ホラー的な文章で、何かを伝... ...続きを見る
しっとう?岩田亜矢那
2006/08/26 18:51
坂東眞砂子子猫殺し 日経新聞
例の「cat」の件。坂東眞砂子 子猫殺し 日経新聞人は食べない生き物は殺すべきでない。人は自分に危害を与えない生き物を殺すべきではない。を自分のスタンスとして。+++火付け役となった、情報発信もとの元のブログ、元のブログ2に、文章読解力がない。もともと生... ...続きを見る
(裏)キムタツの間
2006/08/26 21:09
直木賞作家・坂東眞砂子氏の「子猫殺し」問題(中)〜フランスのペット法事情
坂東眞砂子氏が居住している場所は、フランス領タヒチです。そのため、特別の規定がなければ、坂東氏が居住地で行った「子猫殺し」はフランス法が適用されることになります。 そうなると、坂東氏の行為の法的評価の判断基準は、 ...続きを見る
Because It's There
2006/08/27 05:32
[生活]動物の間引き
 板東眞砂子さんの日経エッセイの件だが、高知新聞のインタビューを読み、彼女が謂わんとしていることには、いちおう納得(とは言え、崖に放り投げるのはどうかと思う)。  あのエッセイの内容については、てるてるさんの解説でいいと思う。  「子猫殺し」というエッセイ ...続きを見る
eirene
2006/08/27 09:13
子猫殺しの坂東眞砂子@生とセックス
日経新聞18日付夕刊「プロムナード」に掲載された「子猫殺し」という記事が話題になっている。直木賞怪奇小説家・坂東眞砂子氏のエッセーだ。 「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。動物愛護管.. ...続きを見る
Muse on Music.
2006/08/27 12:05
子猫殺し
 坂東眞砂子氏が日経新聞に書いた「子猫殺し」というエッセイが、一部で話題になっているらしい。その内容 ...続きを見る
Studio RAIN's diary
2006/08/27 20:19
続・子猫殺し
 坂東氏のエッセイについての続報。坂東氏のこんなコメントが出ていた。 タヒチ島に住んで8年。人も動物 ...続きを見る
Studio RAIN's diary
2006/08/27 20:21
続々・子猫殺し
 この件について、mixi である人と議論した内容を一部転載。長いです (^^)。 確かにこの作家も○○だけど ...続きを見る
Studio RAIN's diary
2006/08/27 20:22
気が進まないけど「ネコ殺し」の件・・・
まず、この件は、非常に生命倫理的な話題だと 思います。 だからこそ、私はとりあげる責務があるだろう と言う事で、 こうやってエントリを上げているんですが・・・ ...続きを見る
at most countable
2006/08/29 00:54
坂東真砂子さんのエッセー全文を読もう!
二つ前のエントリー「そこに空地があるから」に、eireneさんが付けてくださったコメントが、たいへん重要な内容を含んでいるので、こちらにまとめて転載します。 ...続きを見る
てるてる日記
2006/08/30 13:38
子猫殺しと「きっこのブログ」
坂東眞砂子氏の子猫殺しの話。 週刊朝日によると、怒っている人が多いようです。 ネットで検索してみたら、有名な「きっこのブログ」でも散々な書かれ方をしてました。 ...続きを見る
ぷりぷり日記
2006/08/31 20:28
猫と暮らすこと(5)
プッコの後にやってきたのが、姪にあたる「ミケ」だった。クロの母親でもある。非常に多産で子育てもうまく、当然ながら狩の腕も抜群だ。クロが狩の名手だったのも母親ゆずりだろう。ミケはどこか秘密の場所で出産し、しばらくしてから子猫を連れてきた。こんなに小さい子猫.... ...続きを見る
ダムダリ夢を見る β星系
2006/09/01 00:34
[日記]子猫殺しと議論のしかた
日経新聞夕刊のエッセイで坂東眞砂子氏が子猫を殺しているということを明かし、最近話題になっていた。 いくつかブログも読んでみたが、私の感想はてるてるさんの意見がいちばんしっくり来た。 そこに空地があるから てるてる日記/ウェブリブログ いろいろなブログの議論の ...続きを見る
Dancin’ in the Dark
2006/09/02 12:18
[他者]感情の政治学〓
 僕はてるてるさんの『そこに空き地があるから』のコメント欄を読んでいたら暗澹たる気持ちになってしまった。坂東さんに対して自省なくバッシングしている人たちの一部は、一点の曇りもなく何らの検証もしようとしない、怠惰な自分の感情だけを拠り所にしたスカスカの正義 ...続きを見る
歩行と記憶
2006/09/03 09:28
猫を殺す悲しみが、私を充実させる。
はじめに)  作家の坂東眞砂子さんが、子猫を投げ捨てて殺していることについて。  私は、猫が何匹死のうが、特別な感傷を持ちません。  猫を殺していること自体を非難する意欲もありません。  しかし、彼女が語る思想と行いの無節操さについては、強い批判をしたいと思います。     (1)基本分析  日経新聞8月18日夕刊  猫殺し告白初出 全文 ...続きを見る
厳粛なcollage/性・宗教・メディア...
2006/10/06 23:50
Vicodin and valium mix.
Crush valium to inject. Valium dosage. Valium. ...続きを見る
Cheap valium.
2009/12/21 00:01

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コメント(64件)

内 容 ニックネーム/日時
僕は大人になってから、猫を飼ったことがないので、切実な問題として語ることができないのですが、てるてるさんの言う
>どちらも、あえて動物を「飼う」ことに伴う矛盾を引き受けていると思う。
そうだと思う。猫については保坂和志さんに素晴らしい小説があるし、
藤原新也さんにも捨て猫親探し体験記もあるし、
この人たちだとどんな風に考えるんだと思うと、
多分、きっこさんの言い分も支持しないだろうし、
板東さんのような行動もとれないと思うのです。
だったら、どうするのだろうと、思うと、
わからなくなる、他にどのような選択肢があるのだろうか、
僕は小さい頃、犬を飼ったことがありますが、
すぐに亡くなりました。
どうも、犬猫によくなつかれるのですが、
飼うこころの余裕がないですね、
重荷が増える感じがするのです。
公園などで、野良猫に癒されますが、
ペットとして飼うとなれば、癒される余裕がなくなります。
だから、多くの人たちが犬猫を飼って癒されるでしょう。
それはとてもよくわかるのですが、自分が飼うとなると、
プレッシャーがかかる。
葉っぱ64
URL
2006/08/23 18:40
葉っぱ64さん、コメントありがとうございます。自分が飼うとなると責任が重くて、とか考えて、飼えなくなってしまう、って、まるで結婚に踏み切れないときみたい……いや、配偶者はペットではありませんが。
坂東真砂子さんの掲示板にちょっと参加してみました。ほとんど坂東さん非難ばかりでしたが、なかに、いなかでは、子猫を川に捨てていた、という人がいて、坂東さんのしていることも罪悪だが、それには深い考えもあり、一方的に責め立てられないという意見でした。そういう人も少しはいるとわかったのがうれしかったです。
terutell
2006/08/23 21:41
TBさせていただこうと寄ってみたのですが、感心しきりです。「避妊手術」に関しては私は特に触れず、考えもしなかったのですが、拝読していて少しだけ視野が広がった気がします。また、昨今のブログ事情が一喜一憂になりつつある事も感じていたので、こうして多角的な視点で捉える事の重要性を改めて痛感いたしました。
メロンぱんち
URL
2006/08/24 02:47
メロンぱんちさん、いらっしゃいませ!
坂東真砂子さんの子猫殺しには賛同しないけど、既に猛烈な批判が出ているので、どうして坂東さんがそういうことをするのか考えてみることにした、という姿勢に、たいへん、共感しました。
田舎で子猫が川などに捨てられて殺されるのを見た、という人の発言は、これまで、何度か見かけましたが、そういう体験があると、坂東さんのことも冷静に考えようという姿勢が出て来る傾向があるようです。
しかし、掲示板などでは、「冷静に」とか「理解する」とかいうのは、坂東さんとそろって非難の的です。インターネット掲示板はそういうところだと思うけど、今度はこういうネット上の騒動をマスコミがどう報道するかが気になります。騒ぎを更にあおって坂東たたきに参加するのかな。それってばかみたいだけど。
terutell
2006/08/24 12:15
あの、
猫は発情期にしか性別を意識しないんですよ。
去勢したら雌とか雄とか意識しなくなるんです。
それと、
うまれた子猫が目の前からいなくなるのと猫に
どっちがストレスかかりますか?
獣医さんに聞いてみてください。
生の痛みを感じなくては、なんてそれこそ人間中心でしょ
そのために猫にいらんストレスかけるの?
猫を飼っていて?


2006/08/24 15:50
と板東さんにいいたいです。
いずれ動物は死ぬし、板東さん自身もそやって死んでいく
動物を多く目にする環境にいるのに
自分で手を下さないと生の痛みとやらは感じられないんですか?
「田舎で子猫が川などに捨てられて殺されるのを見た、という人の発言は、これまで、何度か見かけましたが、そういう体験があると、坂東さんのことも冷静に考えようという姿勢が出て来る傾向があるようです。」
って冷静にみると、
自分が罪悪感を背負って生の痛みをかんじるの。
ってどこまでも自分中心で、猫の知識がないひとじゃないですか。
矛盾を引き受けるって、
引き受けるからには知識が必要でしょ。
自分で物語りつくっちゃいけないですよ。
専門家に、どっちが猫にとっていいですか?
って聞くのが先でしょ。
もっかい猫中心にこの問題みてください。

2006/08/24 16:39
はじめまして。私は板東さんの行動には賛成できない派ですが、このブログを読んで、少し考えさせられました。ありがとうございます。
ころげっちゅ
URL
2006/08/24 20:00
こんにちわ。私は猫好きで、猫を1匹飼ってます(シェルターから養子にしました)。獣を飼う事自体が不自然という、坂東さんの考えに?です。というのも、猫は何千年も前に、ペットとして飼いならされてきたから(野鳥を無理やり捕らえて飼うのとは、また違いますよね)。現代では、ペット化された猫たちが野外で生きるのは、心身共に大変なストレスとなるので、かえって人間に飼われる方が、幸せだと専門家に聞いた事もあります。現代に生きているのだから、責任もって最後までペットの世話するのが、現代人としての務め。避妊手術についても然り。あと私も、子猫が消えたら、母猫は混乱すると思います。猫の男性器には棘とげが付いてて、交尾の際に女性器を傷つける(他の雄猫と、すぐに交尾しないように)そうです。こんな痛い思いして交尾して、痛い思いして出産した子猫たちが、行方不明になったら。。。坂東さんを叩く気はないけれど、犯罪を犯している以上、きちんと法的に裁かれるべきだと思います。昔は似たような事やってる人が いたのかもしれませんが、色んな解決方法がある現代です。昔のやりかたはもうやめましょうよって言いたい。
ネコ飼ってます。
2006/08/24 23:59
ブログ、読ませていただいてとても安心しました。自分が頭の中で漠然と感じていたことをとてもわかりやすく書いてくださってて胸がすっとしました。一直線な方が多くてとても怖く感じていたので・・・。
なおなお
2006/08/25 03:48
>sさん、ころげっちゅさん、ネコ飼ってますさん、なおなおさん

初めまして。コメントありがとうございます。

>もっかい猫中心にこの問題みてください。
>昔のやりかたはもうやめましょうよって言いたい。

そうおっしゃるのもごもっともです。現代には、現代にふさわしい方法があるはず。タヒチにいるということは理由にならない。何も未開の地じゃないから。
一方で、きのう一日、関連のブログや掲示板を見て、私はどう思ったかということを、「追記」に書き足しました。
やはり許し難いかもしれません。あるいは、そういう考え方もあるか、と思われるかもしれません。
またコメントをお寄せいただけたら幸いです。
terutell
2006/08/25 09:24
追記読ませて頂きました。
私は読書も好きで、板東さんの著作物も読んでいました。ただ今後手に取ることはありません。それは個人の判断で、確かに今後も板東さんの本を手にとりたいと思う人がいて、読むのは自由だと思います。
彼女の執筆活動についてもなんの制限も設ける必要はないと思います。
ただ、自分が発信した文章について責任を負うべきだとは思います。

そして猫の飼い主としてはものすごく傲慢な人だと思います。
「猫の飼い主」として、ですよ。
「猫と共存する人」としてではありません。
今、自分の意志でもって猫を側に置いている人間として。
何故獣医でも専門家でもない彼女が獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。


もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。

なんて推測できるんですか?猫にとって、いえ全ての動物にとって
どういう選択が幸せかなんてわかりません。
飼ってる私ですらわかりません。

2006/08/25 10:48
できるのは健康で、ストレスをためないように育てること。
専門家や先に猫を飼っている人から知識を得て、身体の様子をみること。健康かどうかは判断が可能ですから。


板東さんは自分がわがままで愛玩動物として猫を飼っているのに、猫についての知識もなく、都合よく解釈しているだけ。
しかもそれを、反発覚悟で発表した…。酔っているとしか思えません。

エッセイとして猫じゃなく他の生物でおきかえて読んでも私の感想は
「なに自己陶酔してるの?」という感じです。
多分、猫が殺される国はたくさんあり、気軽に海に投げられることだって
あると思います。
板東さんの行為自体も、どこかで繰りかえされている日常の光景かもしれません。
それについては、自分には想像できないことなのでなにもいいません。
私が一番許せなかったのは、板東さんが、自分の行為を
飼い猫の気持ちを優先したようにかいたことです。
彼女は架空で物語りをかくのが仕事であって、現実に物語をつくっていいわけではありません。
好きで猫をかっているのなら、彼女の主義・意見よりも
飼い猫の健康を考えるべきなんです。



2006/08/25 10:50
あなたがすごい敵意に「そこまでしなくていいんじゃないの」
と思った気持ちは、猫に思い入れがない人ならそうだろう、と思いました。冷静に見ているだけで板東さんと同類だろうなんて思いません。ただ板東さんの行動の理由をでも、おとなになってから知った避妊手術よりも、こどものときから知っている方法のほうが、自ら、残酷だ、かわいそうだ、と感じることができて、正直だ、という気がしたんではないだろうか。
あるいは、人類が昔から繰り返してきた残酷な行為に自分が加わっている、自分はおおぜいの先輩と同じことをしている、自分の親や祖父母やその先祖達と同じことをしている、という安心感があったかもしれない。
などと無理に理屈づけなくてもいいと思います。
猫好きな人は自分の気持ちより猫の健康を優先するんですよ………。


2006/08/25 10:51
私も犬や猫を飼った経験はないです。
ですからこちらで書かれていることを「理解」することはできますし
坂東さんと同じだと一括りにすることはないですね。
いろいろな人間がいますから。
でもそういう考え方で判断基準があまり豊富でない子供たちには
接してほしくないなと思います。
簡単に自分の手で命を奪うことを数の調整なんていうのは気持ち悪い
なと感じたのです。
ふー
2006/08/25 12:12
こんばんわ。追記拝見しました。私は猫好きですが、今回の坂東さんバッシングに対しては、ちょっとコワイな〜と思う一面もあったりしましたよ。ご本人も非難されるかもしれないけど。。。とおっしゃってる通り、叩かれても仕方がないと思う反面、非難の一部のコメントの仕方が怖いな〜みたいな。私は汚い言葉で罵りたくはありませんが、やはり、坂東さんのされたであろう事、そして、これからもされるであろう事には、本当に残念に思ってます。前回コメさせていただいた分の、補足をしたくて、再度お邪魔した次第です。
ネコ飼ってます。
2006/08/25 12:25
猫は、何千年も前に、エジプトだかで、ペット化が始まりました。完全にペット化されている以上、野外で放し飼いにするというのは、もはや不自然な状態になっています。猫の平均寿命をみれば、明らかです。野良さんは2年半位で死んでしまいますが(交通事故や病気等)、室内飼いの猫は15年以上生きたりします。昔々に人間が猫をペット化してしまった以上、弱い生き物である猫を、野外にほったらかしにすることの方が、現代では無責任な状態になっています。不妊手術に関してですが、人間の都合ばかりでなく、猫にとっても良い事があるんですよ。色んな病気になりにくいだとか、ストレスが大幅に軽減されるだとか。。。続きます
ネコ飼ってます。
2006/08/25 12:39
そりゃあ、理想を言えば、広い庭のある大邸宅に住んで、放し飼いにして、ポンポン生まれてくる子猫も、全て面倒みてあげれたらな、とは思いますが、それは無理というもの。一匹の雌猫とその子猫たちは、7年間の間に420,000匹もの子孫を作っちゃうそうです。不妊手術をせずに、望まれない猫たちが増えたら、環境破壊はモチロン、虐待をする心無い人も出てきてしまうでしょう。長くてごめんなさい、続きます。。。
ネコ飼ってます。
2006/08/25 12:53
最初のコメでも触れましたが、交尾、出産は、猫にとって、大変負担がかかり、危険がいっぱいです。その点でも、手術は猫にとって、メリット大だと言えます。子作りは猫の本能だから、手術はいけない!というのも、アリだと思います。しかし、その際はやはり、生まれ来る命も大切に育み、親猫の育児の本能も、邪魔をしてはいけない。その時は420,000匹分の面倒みれる甲斐性を持たなきゃね。続きます。
ネコ飼ってます。
2006/08/25 13:06
私も、皆が皆飼い猫には不妊手術せなアカン!という、個人の思想の自由を奪うような法律には?ですが、子猫殺しについては?です。愛猫家の割りに、ドライで冷たいと思われるかもですが、人様の都合によっては、安楽死という選択が、最良の場合もあるでしょう。でも、それはあくまでも、安楽でなければなりません。崖から放るなんて、とんでもない。やっぱり、生き物の命を尊厳するならば、個人でペット殺めるのは、禁止された方がいいのかも、と思います。長々とすみません。失礼します。
ネコ飼ってます。
2006/08/25 13:15
で、人間に置きかえたらどうなるの?
こんな状態にされて生きることが幸せなのか?
避妊手術にしても、結局は人間のワガママなのではないか?

なんで人間におきかえる必要があるの?
猫は猫でしょ
猫の生態も考えず人間だったら・・・って考えて意味あるの?
匿名
2006/08/25 13:48
はじめまして。大変興味深く読ませていただきました。
それと同時に、とても勇気ある記事を書かれたなと思いました。
とても冷静なご意見にはじめて出会いました。
私自身はてるてるさんの意見とほぼ同じです。
リアルタイムで読みましたが、坂東さんの意見は私にとっては
そんなに理解不能なものではありませんでした。共感はできませんが。
私自身猫を飼っています。その痛みを考えた上でそして避妊去勢の選択をいたしました。
彼女はすべての批判を引き受けた上、そして子猫を自分の手で殺すという
痛みをすべて引き受けた上でそう決断したのですから。批判するのは簡単ですが、もう少し彼女の世界観を知ろうという努力をしてもよいのではないかと、そしてネットではもう少し冷静に対応してくれと願わずにはいられません。
ぽてと
2006/08/25 23:35
>Sさん、ふーさん、ネコ飼ってます。さん、ぽてとさん

コメントありがとうございます。
ぽてとさんはほんとうに猫への愛情と写真に溢れたサイトを作っていらっしゃるんですね。見ているとほほえみが浮かんできます。
殺される子猫の無残さ、かわいそうさは、いくら言っても言い足りないと思います。
けれどもまた、猫を飼うに際して、「血統書つきのものでなければ子猫をひきとらない」「猫に避妊手術を受けさせる」、この二つを組み合わせると、人間は自分勝手な欲望で猫の種と数を調整しているわけです。それについて、森岡正博さんの掲示板に投稿しました。その一部を「参照」コーナーに紹介しました。また、「種の繁栄」の観点から、坂東真砂子さんには深謀遠慮があったのかもしれないというブログのエントリーも紹介しました。
terutell
2006/08/26 09:22
とても魅力的なエントリを拝見させていただきました。
言葉足らずですが、私見を述べさせていただければ幸いです。
私自身、坂東氏の作品に触れたことがなく、
文筆業にかかわる方であることは理解しているのですが、
このエントリを拝見する限りでは文学者ではなく文芸者であるように感じました。
技を身に着けるのではなく、業をみせることに特化している人殻といった風にです。
フリークス、バッドテイストであること、博物学的なカテゴリ、その他に属することで社会に組み込まれ、そのように振舞うことで利益を得る立場にいらっしゃると。
続く
AGL
2006/08/26 13:20
続き
機構が柔軟性を失うことは、その終わりの始まりなのかもしれませんが、閾値を超えた異物を受け入れることもまた、同じだと考えます。
今回、紙上で発表された行為は、かつてはともかく、現在法に触れるものと聞き及んでおります。
掲載紙の政治的な偏向具合も巻き込んで日本の社会機構への破壊行為と私は感じました。
その経緯はさまざまでしょうが、坂東氏の振る舞いに、多くの方々が危険を感じた。彼女の世界観、その文芸から得られるものより、失われるものが多いと考えたからではないでしょうか。
長文、失礼しました。
AGL
2006/08/26 13:21
追記に強く同意します。
ちょっとこの問題は騒ぎすぎ、との感を強くしています。
どちらにたつにせよ、相手の言い分も深く受け止めてほしいなと思います。
ペットを飼うということそのものが、命と深くかかわること。そこには優しさが不可欠だと思うのに、この問題での感情的な意見を散見すると、それがあるのかなと危惧をもちます。
土佐高知
URL
2006/08/26 16:31
AGLさん、土佐高知さん、コメントありがとうございます。その他の皆様のコメントも読み返していると、坂東真砂子さんが子猫を殺したことよりもむしろ、今の日本の都市の「普通の」猫を飼う暮らしについて、勝手なイメージが膨らんでしまいました。避妊手術を受けた飼い猫というのは、永遠に母にも父にもならない、引き伸ばされた少年少女時代を生きる。そのうえ、野良猫よりもずっと長生きして、つまり引き伸ばされた少年少女時代を長く生きて、そして、成熟しないままに老いていく。もしかして、都市で暮らす人間そのものが、避妊手術を受けた飼い猫のようなものかもしれない、と。
terutell
2006/08/27 22:58
ブログ拝見致しました。
私も手垢のついたヒューマニズムで感情的になっている人々の反応にはうんざりしていますが
「騒ぎすぎ」とは思いません。
それだけ感情的にさせるに足る行為だと思います。
過去への憧憬をしたためるのも動物愛護関連の法律に異議を唱えるのも、
都市生活への嫌悪感を表明するのも一向に構いません。
Ta2
2006/08/28 02:01
問題は国内ではもちろん犯罪、著者の住む現地でも犯罪である可能性の高い行為を
自ら正当性を主張しつつ行っていると告白した事です。
そしてそれが一般新聞紙に掲載され、当事者はその違法性に何の反応も示していません。
全国に犯行声明を突きつけられ、矛盾だらけの表現で動物愛護を否定されたとあれば
多くの方が感情的になるのは無理もないと思います。
そして「猫を殺す」という行為が多くの殺人犯が行っているという事実に対する純粋な恐怖感。
Ta2
2006/08/28 02:02
貴方が仰っている著者の主張はこのような方法でなければ伝えられないものなのでしょうか。
よくご存知のように著者がもっとも主張を伝えたい人達は
感情的になりもう二度と著者の言葉に耳を傾けることはありません。

反社会的な行動で問題提起するのはもっとも幼稚な方法ではありませんか。
如何でしょう。
私は著者に然るべき処罰が下る事を望みます。
Ta2
2006/08/28 02:02
猫大好きなみなさん。
では、お隣の国でペット用の犬が殺されてるのはどうなの?
私が言いたいのは、国や文化で価値観が違うということ。
タヒチで暮らして、そこでものを考えるようになれば
日本への批判もでてきて当然。
なにがよくてなにが悪いかなんて、多種多様。
自分の意見の押し付け合いにはうんざりです。

2006/08/29 17:20
私は坂東さんの熱心な読者で、今回の騒ぎには本当に胸が痛みます。
坂東さんへのいじめが早くなくなればいいと思います。
処罰を下すとか、言い過ぎだと思います。
彼女に罪はありません。
昔の人も間引きとかいっぱいしてたし、
声をひそめて語られていた文化が表出しただけだと思います。
田舎にいけば、そのような話多いですよ。
中国に内地や、ミクロネシアの国、新参者のは分からせないような
暗い陰鬱な文化はどこにでもあるものです。
えろん
2006/08/29 17:25
てるてるさん、情報のまとめありがとうございます。
話題を呼んでいる坂東眞砂子さんのエッセイ「子猫殺し」ですが、日経夕刊「プロムナード」欄に、彼女は7月7日から週一回エッセイを連載しており、「子猫殺し」は連載の第七回目に当たります。今日、図書館に出かけて、第一回からの文章を通読してみました。猫好きの坂東さんが、なぜあのような文章を書き公表したのか、その理由について、かなり見通しがよくなりました。時間のある方は、図書館で日経夕刊を複写し、通読されることをお勧めします。
eirene
2006/08/29 18:59
ネットでの反響を少し調べてみました。坂東さんの件のエッセイですが、やはり第七回の連載だけが、不幸なかたちで一人歩きをして、坂東さんの問題提起が読者にうまく伝わっていないように思われます。
動物の命を奪うという、かなり際どい内容を含んだ文章だけに、読者の側に心の準備ができていないと、坂東さんが読者に投げ込んだ剛速球を受け止めるのは難しいですね。受け損ねると、かつてペットを失った時の悲しみや、抑圧されたトラウマがよみがえることになります。きっこさんのような反応が起きるのも、無理はないと思わされました。
eirene
2006/08/29 21:55
幸いにして、坂東さんのエッセイを、7月7日の連載から順番に読んでいきますと、彼女がなぜ猫エッセイを書くことになったのか、そのいきさつが読者にも、ある程度分かるようになっています。そして、猫を間引くあの話は、猫を飼わない者にとっても、ひとりひとりの死生観、現代文明のあり方について、鋭く問いかける内容を含んでいます。

よって、繰り返しになりますが、連載を最初から読まれることをおすすめします。タヒチ島の人々の暮らし、自然環境、坂東さんのユーモアを味わうことができる箇所もあり、エッセイの連載全体は、陰鬱なものではありません。
eirene
2006/08/29 22:12
eireneさん、有益な情報をありがとうございます。是非、日経新聞の連載を全部読みたいですが、私はずっと体調が悪くて、電車に乗って図書館にいける日が、まだ、当分、きそうにありません。でも、読みたいですね……。
terutell
2006/08/29 22:58
読んでみて下さい。「第七回」のなかで、彼女は間引きをする理由を少々語っていますが、ほんとうは「第一回〜第六回」が「第七回」の説明なのですね。

しかし、彼女は猫の間引きをするために、あのエッセイを書いているわけではなく、日本からタヒチに移住することで、日本にいた時と比べ、いかに自然観、死生観、人間観が変容していったのか、そのありさまを読者に提示しているのです。

猫の間引きのエピソードは、その一つ。愛猫家であった坂東さんは、昔から大好きだった猫とどうつきあうか、タヒチの生活で、巨大な問いを突きつけられてしまったのだと思います。その結果を「第七回」で書いた。タヒチでの生活というコンテクストなしに、あのような振る舞いに彼女が及んだとは、思えなかったです。
eirene
2006/08/30 01:44
補足です。通読してみた感想を、ちょっとだけ書いておきます。私の印象では、坂東さんが綴っているのは「避妊手術」「間引き」のどちらの悪が少ないか、という問題ではないように思います。坂東さんは、たまたま昔風のやり方を選んでいますが、エッセイを読むと、多くの愛猫家が行っている「避妊手術」が絶対にいけないとは言っていません。彼女が、このエッセイで問題にしているのは、「殺しという嫌なこと」を誰が引き受けるのか、というテーマです。
eirene
2006/08/30 07:51
たとえば、都会でハンバーガーを食べるとき、多くの人は屠殺の場面を想像しません。豚汁を食べるときに、豚が殺される場面を想像しません。誰かの手にゆだねて、おいしい食事をしています。「死刑賛成!、犯罪者をつるせ」と言っている人は、死刑執行人の公務員の人に、いやな仕事を押しつけていますが、そのことをあまり想像しません。ブッシュ大統領は、アメリカ兵を戦地に送り、沢山殺しているのに、自分は戦地には行きません。
eirene
2006/08/30 07:56
人生で、何かを「殺さ」なければいけない場面があります。誰もがやりたくない仕事があるとき、それを他人の手にゆだねるより、敢えて自分で選び、殺す方がいいという主張が、猫エッセイの底にあります。私は愛猫家ではないのですが、他人に動物を殺すという仕事をゆだねて、おいしい肉を食べてばかりいる、自分の食生活にはやっぱり問題があるな、とエッセイを読み、反省させられました。
eirene
2006/08/30 08:07
>eireneさん
補足をありがとうございます。eireneさんのおっしゃるとおり、
>人生で、何かを「殺さ」なければいけない場面があります。
このことは、脳死臓器移植にもあてはまると思います。脳死を死とみなすのは都合のいい定義です。それに、脳死と植物状態との間にはグレーゾーンがあります。今までやってきたことは事実上、脳死患者への殺しだったんじゃないか。私はそれでも移植医療をしてもいいと思うのですが、脳死を死と定義してしまうと、誰かを助けるために誰かの命をいただいているという事実から目を背けることになる、と思います。
terutell
2006/08/30 12:40
「補足」を書いてしまいましたが、余計だったかも知れないです。図書館で読むべき項目を挙げておきます。

日本経済新聞夕刊・金曜日・プロムナード欄

7月7日  第一回 生と死の実感
7月14日 第二回 肉と獣の距離
7月21日 第三回 付喪神のいる島
7月28日 第四回 天の邪鬼タマ
8月4日  第五回 風の明暗をたどる(山頭火)
8月11日 第六回 魚市場の女呪術師
8月18日 第七回 子猫殺し
8月25日 第八回 名前はまだない

 今後も連載は続くようです。
eirene
2006/08/31 11:40
 トラックバックいただきました。いろいろな方のコメント大変興味深く見させていただきました。
 いくつか意見を。猫自身が去勢と子殺し、どちらを望むかは、猫ならぬ身にはどちらともいえません。単純に猫の快・不快で判断するのも、猫の健康状態だけで判断するのも所詮は人間の思い込みで、どんなに苦しくても不健康になっても子供を生みたいと猫が思っているかもしれませんし、生んでしまえば、猫の目の前から子猫がいなくなっても、実はそれほど気にしない可能性もあります。母性本能があるかないか、実は人間に対しても議論されていることです。もちろん、去勢されて子供を生む可能性もなく生きたほうがいいと猫が思っているかもしれません。
 また、猫の気持ちがどうあれ、人間がその状態を客観的にみていいかどうかもあっていいと思います。たとえ不自然な状態でも本人がそれで幸せならいいと思うか、たとえ苦しくても自然なままがいいと言うか、評価は分かれていいと思います。これは、人間自身のあり方に対しても言えます。
M.FUKUSHIMA
2006/08/31 21:44
 少なくとも私にはそう簡単に結論を出せません。これは、猫に限らず人間のあり方も含めてのことです。ただし、少なくとも私は、坂東さんの考え方は(自分が実際にするかどうかはともかく)認めますし、こういう形での問題提起も支持しています。
M.FUKUSHIMA
2006/08/31 21:47
 坂東真砂子の意見は「生」についての問題提起になってる??
 皆さん、ほんとにそう思っているのでしょうか?私にはかなり自分勝手で傲慢な意見でしかないと思います。
 社会的に影響力のある作家が勇気を出して行った「告白」にしては、あまりにも支離滅裂な理論で(というか、矛盾だらけ。ほんとに作家?)説得力は皆無で、ほんと開いた口が塞がらない。
 私は坂東真砂子の言いたいことをわかろうなんて思わない。間違っているモノは間違っている。それは「大人」じゃないだろう、との意見もあるとは思うが、そんなの本当の「大人」じゃない!「生まれたばかりの子猫を投げ捨てて殺すこと」は明らかに残酷極まりない行為である。そういうハッキリとしたスタンスで、まともな人間が裁きを下すべきだ。私たちは「人間」なのだ。そして、現在に生きている。古い誤ったしきたりなどを出してきて、議論するのもおかしなことだ。確かに現在は、善と悪が曖昧な時代ではあるかもしれない。でも、人間の「心」や「愛」までは曖昧になってはいけないのではないか。
ラヴ
2006/09/01 00:25
 坂東真砂子は決して、「生」への問題提起などしていない。ただの自分勝手な発言者である。そして、まさに「鬼畜」である。自分の今まで犯してきた大きな罪と今回犯してしまった罪を償うべきだと思う。日経新聞社も同罪。
ラヴ
2006/09/01 00:25
 ラヴさんの意見は個人的にはぜんぜん納得できませんね。少なくとも私には坂東さんの理論が、無理に分かろうとせずとも素直に分かりますから。それを単純に残酷とみなすのはどうぞご自由に。
M.FUKUSHIMA
2006/09/01 20:47
FUKUSHIMAさんに納得していかなくても全然構いませんよ。私も自由に意見を述べさせて頂いただけですからね。ただ、坂東真砂子のあの文章を一読しただけで、矛盾だらけで全く「理論」になっていないことがわかるでしょう。日本人ならね。
ラヴ
2006/09/02 02:45
 こちらのブログのような冷静な意見をみると,何となく安心します。
 今回の騒動で,ネコ好き(or生き物好き)の人にも,いろいろあるんだなと改めて感じました。一方には単に(生物学的に)生き物として好きな人もいるし,一方には人間のパートナー?として好きな人がいる。そういった違う“好き”な人の間で,意見がくい違うのは仕方がないという気がします。あまり過激な応答はあまり見たくないですけどね。
 ちなみに,学生時代に実習でマウスの解剖をやったことがあります。僕を含め過半数の学生は,まず解剖前にマウスを殺す作業ができなかったりするのだけど,解剖すること自体に対する拒否感は,皆それほど強く感じてなかったように思います。生物学科(畜産系もそうかも)って生き物が好きで来てる学生が多いのに,実験のためとかでその命を奪うことにさほど抵抗を感じないのは,興味深いことです。
 でも,そういった冷静?な生き物好きたち(発言が見えないだけでけっこういると思う)と,熱烈に非難している人たちとの差っていうのは何なんでしょうね。感受性の差とか言ってしまうのも,違和感があるのですが。
りのご
URL
2006/09/02 04:47
ラヴさんのおっしゃりたいこともよくわかります。
感情的になられるのも分かります。ただですね、坂東さんのエッセイ批判される方はみんな矛盾だらけだとおっしゃっていますが、どんな理論であっても矛盾っておこるものなのではないでしょうか。
動物のことを真剣に突き詰めて考えると、結局のところ、動物のためには人は何もしないで接触をもってはいけないという結論にしかならないと思うのです。でも、それって極端ですよね。しかもちょっと視点を変えてみれば猫や犬なんかは人と暮らしていくことを選んだのだから人が飼う事が彼らの幸せなんだとか、いろんな理屈がでてきます。
ある一方からみれば矛盾だらけでも他の視点からみたら整合性がある。世の中ってそんなことばかりじゃないでしょうか。
(うまく言葉にできてませんが)
ぽてと
2006/09/02 13:41
坂東さんにも坂東さんの世界観があって、その中では一連の行動や理屈は矛盾も多少ははらむでしょうが、整合性のあるものなのかもしれませんね。私はterutellさんやerieneさんの様に一連のエッセイすべて読んでいませんが、それでも問題のエッセイは新聞で読みました。
ネットで読んだときに、何でこんなになってしまったのだろうとかなり違和感を覚えました。同じ文章なはずなのに、受ける印象が違うんです、
「鬼畜作家の子猫殺し」
「仔猫殺し」
だとかのタイトルついた記事で全文を読んでも、読む側に批判というフィルターがかかっていないでしょうか。この作家の世界観と私たちの世界観とはかなり違うものがあるでしょうから、批判をするのはよいのですがでもできる限りニュートラルな状態で読んで、彼女の世界観をしることも大切なことのような気がします。
ここの記事はそういう提起をしてくれているとても有意義な記事だと思います。

ぽてと
2006/09/02 13:42
すみません。
「子猫殺し」は元記事のタイトルでしたよね。
間違えました。
ぽてと
2006/09/02 14:26
私はTa2さんの意見に全面的に賛成で、率直に自分の意見を述べただけです。批判するのは簡単だが、坂東真砂子の世界観をわかろうとすることも重要だとおしゃりたい気持ちはわかります。多少、感情的になっていることは認めますが、冷静な批判ができないわけではありません。
 ニュートラルな状態で、冷静にあの文章を読んだとしても、やはり坂東真砂子の世界観など見えてきません。自分を正当化しつつ、悪意のない「犯行声明」のような性質の悪いものに感じます。文末の「殺しの痛みと悲しみを引き受けてのこと」のくだりには、強烈な嫌悪感を覚えますね。彼女の文章の嫌悪感、違和感が、この騒動を巻き起こしているのは当然でしょう。
 世の中矛盾だらけでそんなものだと言ってしまえば、議論になりません。矛盾にも程度があります。彼女の文章は、矛盾に満ちています。その矛盾は色んな方が指摘されています。
ラヴ
2006/09/02 23:11
 私は、彼女は「生」と「性」をごちゃまぜにしている気がしてなりません。猫の交尾をセックスと表現している点にもそれは現れています。避妊手術をせずに、自由に猫に交尾させることは、彼女自身にとっても「性」の充実を意味し、彼女の都合で、「子育て」を放棄したいが故の、子猫の破棄「殺し」を選択している。これは、「社会に対する責任」でしょうか?「避妊」と「殺し」の議論もあるでしょうが、彼女の「母性」は明らかに欠落していると私は感じます。
 あなたのお隣にこんな人が住んでいたら、気持ち悪くありませんか?現在、様々な不可解で非人間的な事件が多発しています。彼女の「告白」が教えてくれたことは、病み始めた社会における日常生活の中で彼女のような人間が近くに潜んでいるかもしれないという恐怖に危機感を覚えることでしょう。これは、他人事では済まされないことだから静観できない。だから、この騒動は感情的になって当然だと私は思いますね。
ラヴ
2006/09/02 23:13
このニュースが流れてから1週間近くたちましたが、色々な意見があり
それらの一部を読んで見ましたが、坂東真砂子の考えにはどうしても
賛同できません。と言うか、この様な人が近所にいたら、安心して
生活できません。
世の中生きている以上、他の生命の命を奪いながら生き延びているのは
確かで、それまで否定するつもりはありません。しかし、意味もなく命
を奪う行為ははっきり言って精神的異常といっても良いと思います。
今回のケースは、避妊手術という回避手段があり、本人もそれを知って
おり、その上で、それを選択していません。彼女は、命を奪うことの
正当性を無理やり導出し、それに陶酔しているとしか感じられません。
めめ
2006/09/03 10:01
 率直に申し上げて、坂東氏の行為と現在社会問題になっている残酷な事件を同列にすることに違和感を感じます。あえて言えば、坂東さんの考え方は、それらの事件を起こす人間とはむしろ対極にある考え方です。
 それと、生と性については、いろんな価値観の中で同列に扱われている例が多いように思います。また、避妊手術については、避妊手術自体をどう受け止めるかがそもそも議論の余地があるところであって、私なども、猫殺しと比べて同じくらい悪いと思っています。
 私自身は、実際に坂東氏と価値観を共有している面が多々あります。そういう私はある種の人から見れば、テレビを騒がせる殺人者と同じなのでしょうね^^。子猫は殺していませんし、周囲の人が気持ち悪がっているかどうかは知りませんが。別に私は怒ってはいないし、感情的にもなってません。坂東さんに反発する人と坂東さんのような人の間に立てればと思っているのですが、難しいようです。
 ただこれだけは一言。めめさんへ。精神異常扱いするのはさすがにどうかと。反発するのはかまいませんが、公になるところで安易にそういうことを書くのは、決して正しい行為ではないかと思いますが。
M.FUKUSHIMA
2006/09/03 20:02
 はじめまして。だいぶ時間の経ったコメントですが。
 コメントを拝見していて同意できる意見はTa2さんとラヴさんですね。
 人間は動物を自由に扱って良いか? という視点からすれば、坂東氏は「自由に扱っている」のです。別な表現でいえば「人間は動物に対して何をしても良い」という思想です(それを心の痛みとして自覚していると表明していてもいなくても)。動物愛好家の感情的な反発はともかく、坂東氏の行為に対しての冷静な「批判」のひとつは「生命に対する関わりかたをどう考えるか」にあります。その点で坂東氏の行為は無軌道ですし、それをご自分のこととして「自覚」し坂東氏を批判しているであろうお二方の意見はまっとうだと思えます。また、その考えが「生命に対する関わり」と言うことであるがゆえに、それは人間も視野に入れて良いことです。
straymind
URL
2006/09/07 17:31
森岡正博さんの著書に触れられ、一瞬に理解できました。
「身辺怪記」坂東眞砂子(1997)に恐怖心から「不快虫」を殺しまくった、という話があります。「もし人が、理由なき恐怖に左右されないほど強い精神を持てるようになれば、世の中の犯罪や戦争殺戮はずいぶんと減少するだろう。」(虫愛ずる季節)
坂東氏をバッシングしている人たちは、なにかを怖がってやっているように私には見えます。彼女によって気づかされた自分の中の闇に恐怖し、著者とその意見を否定することに全エネルギーをつぎこむ。自分の自我が危うくなるほどの恐怖。でないと、エッセイを読んでの不快感だけであんなに人格攻撃をして、「死ね」とかいうほどまでの反発がおこる理由がわかりません。
それと、坂東さんの考えを勝手に推し量って弁護したつもりになるのは、彼女に失礼だと思います。バッシングしている人たちと私は同じ側の人間でしかない、坂東さんに軽蔑される側にあるということを確認したい。
あのエッセイには、「自然に還る」という風に日本の古来からの自然観が底にあるようで、西洋人には理解しがたいところがあるように思えます。
haineko
2006/09/08 14:02
 坂東眞砂子が「真意を語りたい」と毎日新聞に寄稿した文章を昨日読みました。なんともあまりにもヒドイものだったので呆れ返ってしまいました。もうこの件に関しては語りたくなかったのですが、あの文章を読んで、彼女を擁護している方はどんな風に思ったのでしょう?私は前回以上に「怒り」を感じています。あくまで彼女は自分を正当化しています。それも同性愛者やハンセン病患者まで出してきて、とんでもない次元で自分を正当化している。ここまでくるともう完全に病気です。締めくくりの「言論弾圧」発言にも驚かされます。彼女に作家としての自覚はあるのだろうか?彼女は作家としての影響力を全くわかっていない。彼女の「真意」とは一体何なのでしょう?多分、彼女自身にもわかっていまいのでしょう。
ラヴ
2006/09/24 06:34
 坂東眞砂子は愛されたことがないのかもしれません。人を愛したこともないのかもしれない。コミュニケーションがとれない人間なのだろう。それ故、無責任で無神経な言葉を発する。私は最終的に、彼女は「心の病」を抱えた人間であると解釈しました。「心の病」を抱えた彼女の異常な発言は、社会に悪影響を与えるものです。こんな文章を載っけてしまう新聞社も新聞社だと思います。コメントを書いている記者の解説もヒドイもの。多角的な議論など必要ありません。彼女の精神鑑定を行うべきでしょう。こんな文章が新聞に掲載される世の中自体、すでに病気なのかもしれません。「心の病」はうつります。作家・坂東眞砂子の二つの文章を読んで、「怒り」を感じなかった人は、すでに彼女の「心の病」に感染していると思いますよ。
ラヴ
2006/09/24 06:34
 ラヴさんの意見に同意。毎日新聞の記者もバカだが坂東氏もとことん卑怯者。言論弾圧で逃げを打つとは。私も彼女は心の病を抱えていると感じています(詳しいことは拙ブログでもエントリ済み。ご疑問のある方はどうぞ)。願わくば、当局から法的手段に出られた坂東氏とその擁護派が「人権侵害だ」などとわめかないことを。(爆)
 
 
straymind
URL
2006/09/24 10:42
もういいじゃないですか。
私は申し訳ないですが当該毎日新聞の記事を読んでいませんので、
それがどういう風にヒドイものだか分かりません。
ただ、たぶんラヴさんには坂東氏の言いたいことはおそらく分からないのではないでしょうか。彼女がどんなことをいっても自己正当化としかとられないのではないでしょうか。
だとしたら、こういう人もいるんだと受け止めることはできませんか。
どうして黒か白かしかないのでしょうか。そしてあの記事を理解できると思った人たちに、これでもまだ擁護するのかとか、心が病んでいるだとかなぜそういう言葉を発するのでしょうか。自分が敵だと思った文章を理解できるといった段階で擁護派だといい糾弾されるその精神構造の方が理解に苦しみます。もっと多角的にものごとを考えることは必要ないのですか。たぶんどういってもわかってもらえないとは思いますが。
私は先週の彼女の記事を読んで、彼女の考え方(実は昨今このテーマはよく書かれていますが)面白いと思いましたよ。
新聞記者というのはいわゆるインテリ層です。彼らの判断全部が間違っていてヒドイとは私には到底思えません。
ぽてと
2006/09/24 23:30
追記
このまえのエッセイは彼女の考え方を端的にあらわしているもの
だとおもいますよ。
てるてるさんがおっしゃっているように、無痛文明論にも通じるものがありますね。(無痛文明論は文明論ではなかったですけど)
批判されるかたも一度読んで見られては?その上で話題の猫殺しの記事を読むとまたちがった一面が見えてくるのではとおもい、上記コメントに書きました。読みにくくてすみません。

ぽてと
2006/09/25 00:34
 ぽてとさん。
 お優しいかたなのでしょうね。
 あの文章を読んで、坂東氏の考え方が分かる、分からないというふたつの立場があって、分からないとした人たちへの批判も相当なものでした。また、今度は告発という事態を受けて坂東氏が毎日新聞に寄稿した文章を見た人たちのうち批判していた人たちは「やはりひどい」という感想を持ったと思います。
 今の時点で言えることは、私たちが考え議論していた「動物の生に対する干渉」の視点と坂東氏が個人的に抱えていた心の問題とが決定的にずれていた、と言うことではないでしょうか。最初のエッセイをきっかけにして広がった議論は大切なことだと思います。しかし、それと、坂東氏個人が表現していることへの非難は別なのです。ラヴさんは(おそらく)それをおわかりになって意見を述べておられると思います。
 もう、坂東氏に振り回されるのはやめにしましょう。彼女は火付け役ではあったかもしれないが、「一方の側のカリスマ」でもなく「思想的中心人物」でもなくなっているのです。彼女を土台に議論を続ける以上、話はゆがんだ方向へ行くばかりです。
straymind
URL
2006/09/25 19:50
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URL
2014/09/18 05:49

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