てるてる日記

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help リーダーに追加 RSS 大長今〜ミンジョンホの理想と人生〜

<<   作成日時 : 2006/08/14 07:21   >>

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これまで、《チャングム、ミンジョンホ、クミョン、愛の三角関数の定理》や、《「大長今」とは、医女、文官、王の三角関係を昇華する「作品」? 》で、ミンジョンホはなぜチャングムを愛するのか、それなのになぜチャングムを王の主治医にするために自らは流刑になるのか、考えてきたが、ここでもう一回、考え直してみたい。

そもそもミンジョンホは、「君臣の道義」を重んじる士林派の両班だった。彼が仕える内禁衛の将も左賛成も士林派である。そして、勲旧派のオギョモや、イグゥアンヒなどと対立している。

チョンホがチャングムと出逢ったきっかけは、倭寇の密偵を探索しているときに深傷を負い、たまたま通りかかったチャングムに手当てを受けたことだった。この出逢いからして、チャングムはチョンホの仕事を助けている。

チョンホは部下と共に、倭寇の密偵が持っている密書を手に入れようとしていた。そして、後に、捕えた密偵から手に入れた地図は、朝鮮の銀山のある場所に印がついていることがわかり、それと同じ地図がチェパンスルの屋敷で見つかり、チェパンスル商会とオギョモとが倭国と銀の密貿易をしていることが発覚し、義禁府で左賛成が判事となって裁く。

だが、勲旧派のオギョモが士林派の左賛成に裁かれて失脚するまでに、一度、チョンホ達の側がオギョモに煮え湯をのまされている。

それが、硫黄家鴨事件である。

硫黄家鴨事件の前に、ミンジョンホはハン最高尚宮とチャングムの協力を得て、宮中の物資の横流しなどの不正を調査し、摘発していた。

不正は大規模であり、黒幕にオギョモがいた。オギョモは、自分に捜索の手が及ぶ前にチョンホを陥れようと考える。

オギョモの企みを伯父のチェパンスルからきいたクミョンは、不正の摘発を続けるミンジョンホの家を訪ね、オギョモの側につくように勧めた。しかし、チョンホはきっぱりと断り、クミョンまでが不正に加担することを非難する。クミョンは宮中に上がる前から、チョンホに想いを寄せていたのだが、ここで完全にふられてしまう。チョンホがこどものころ、ミン家はチェ一族と親戚づきあいをしていたのだが、いつしか疎遠になっていた。それがこのときに完全に袂を分かつ。

チョンホは、士林派の両班としての思想的な立場からも、男女の愛情の関係においても、チェ一族ときっぱりと手を切って敵同士になったのである。一方、チャングムからは、幼いときに母親がチェ一族に殺されたという話を聴かされる。チョンホは、現在、自分が調べているチェパンスルとオギョモの不正の決定的な証拠がつかめれば、彼らを裁くことができ、さかのぼって、チャングムの母親が殺された事件も調べて裁くことができるだろう、と約束する。チェ一族のクミョンと袂を分かったのと対照的に、今度は、士林派の両班としての思想的な立場からも、男女の愛情の関係においても、完全にチャングムと自分とは同じ立場であると認めたのである。

そこへ、硫黄家鴨事件が起こった。たまたま、温泉から帰った王が原因不明の病気で倒れ、チェパンスルに買収された内医院の医務官によって、温泉地でハン最高尚宮が料理した家鴨のせいだとされた。それには、チェパンスルの妹のチェ尚宮と姪のクミョンも関わっていた。

クミョンは、ハン最高尚宮が宮中の水剌間で再現した硫黄家鴨料理の試食係に前以て熱が出る毒を取らせておくことを提案し、チェ尚宮が女官長と協力してそれを実行に移すのである。ハン最高尚宮と、ハン最高尚宮の命令で家鴨を市場で買ったチャングムは牢に入れられる。

オギョモは硫黄家鴨を利用して、ハン最高尚宮はチョガンジョと共謀して王への謀反を企んだということにしようとする。

ミンジョンホは、ハン最高尚宮とチャングムがオギョモ達にねらわれたのは、宮中の不正の摘発をするために彼女達に協力を頼んだからだと思い、これまでにわかった証拠書類を引き渡すかわりに彼女達を釈放するよう、取り引きをしようと考える。しかしチョンホは、内禁衛の将によって監禁されてしまった。オギョモの手が彼に伸びるのを怖れて、地方へ出張しているように偽装するためであった。その代わりに将が、オギョモと取り引きをすることを引き受けた。

内禁衛将はオギョモと取り引きして、ハン最高尚宮とチャングムに死罪だけは免れさせることができた。しかし、彼女達は済州島の奴婢にされ、しかも、ハン最高尚宮は済州島へ連行される途中で死んでしまう。

チャングム達が漢陽から済州島へ旅立つと、チョンホはやっと内禁衛の将から解放されて、チャングムを追って行く。それまでチョンホは気づかなかったが、倭寇の密偵を探索しているときに深傷を負った彼の手当てをしたのがチャングムだということも知り、彼は、内禁衛に辞表を出して、チャングムを守るために済州島へ行く。そうでなくても彼は都に残っていても、当分の間は地方に出張している偽装を続けなければならない。それぐらいならば、傷ついたチャングムを守るために済州島へ行くほうがましである。

チャングムは済州島で首医女のチャンドクに出逢い、弟子となる。優秀な医女になれば、典医監の修練を受けて、宮中の内医院に入る機会がつかめるからである。ミジョンホはチャングムを励まし、宮中に戻って復讐するようにという。チャングムのかたきはチェ一族だが、チェ一族は、ミンジョンホが不正を暴こうとしているオギョモの資金源であり、宮中での呪いや毒殺などの汚れ仕事の請負人でもあった。だから、オギョモとチェ一族を倒そうという目的は、チャングムとミンジョンホとで一致しているのである。

チャングムは、ハン最高尚宮の無実を証明し、チェ一族に復讐するためには、温泉地から帰ったときに倒れた王の病気の原因を解明することが必要だと考えた。ミンジョンホもその考えに賛成する。

チャングムが内医院の医女になると、チョンホもまた、左賛成の配下となり、国政の改革案を次次に提出する。それらはすべてオギョモら勲旧派にとって既得権を脅かすものであった。ここで左賛成とチョンホの側対オギョモとチェパンスルの一派の対立抗争が激しくなる。

一方、チャングムは、皇后や皇太后の病気を治して頭角を現すが、これは女官長になっていたチェ尚宮や、最高尚宮になっていたクミョンにとって都合の悪いことだった。チェ尚宮とクミョンは、チャングムを宮中から消すために、内医院の医女のヨリと手を結ぶ。ヨリはチャングムを内医院の医女仲間から孤立させて、疫病で封鎖された村に置き去りにする。

疫病の村の封鎖を指揮したのはミンジョンホだったが、チャングムが置き去りにされたことに気づくと、彼女を探しに行き、封鎖そのものに疑問を抱くようになる。このときまでのチョンホは、王命に従うことに何の疑問も抱いていなかった。だが、この頃から、ただの両班ではなくなってくる。彼は、チャングムを助けるためには、否が応でも、村人たちを助けなければならなくなり、これまでの両班の殻がこわれてくる。チャングムは、一旦はチョンホを村の外に逃がすが、チョンホの方は、済州島から漢陽に出てきていた首医女のチャンドクを連れて村に帰って来る。そして、チャングム、チャンドク、ミンジョンホの三人で村人の治療をし、病の原因を突き止める。

チャングムとチョンホは宮中に帰って、疫病と思われたものが実は食中毒であったことを話し、対策をとるように願い出る。彼らの願いは聞き入れられて、その後、チョンホは、官位が上がって堂上官になる。オギョモは右議政と内医院の提調を兼ねていたが、チョンホは、内医院の副提調になり、オギョモと対抗していくようになる。オギョモとチェ一族に買収されている内医院の正で王の主治医のチョンユンスが王の病気を治せないとわかると、チョンホは、医女チャングムに王の病気の治療をさせるように主張して、オギョモと対立する。チャングムは硫黄家鴨事件の真相を突き止めるために王の病気について調べていたのだが、王がまた、当時と同じ病気になったので、オギョモを倒そうとするチョンホと、目的が一致したのである。

チャングムは王の治療に成功し、チョンホは、失脚したチョンユンスから硫黄家鴨事件のときのオギョモとチェ一族の陰謀についての証言を引き出す。それによって、硫黄家鴨事件の再審をおこない、更に、オギョモとチェパンスルの銀の密貿易の告発にまで、持って行く。かつて煮え湯をのまされた硫黄家鴨事件が、巡り巡って、オギョモ一派を失脚させる足掛かりとなったのだった。

オギョモが失脚した後、まだ宮廷には勲旧派のイグゥアンヒが残っていて、左議政と内医院の提調を兼ねる。左賛成はオギョモの後釜にすわって右議政になり、左議政などと抵抗していくつもりでいるが、チョンホとチャングムには、もう、その気がなく、チャングムは活人署に移り、チョンホもそこで養生しているこどもたちに読み書きを教えに行くようになった。ふたりは、いずれは田舎の村にひっこんで書堂と薬房を建てて暮らそう、などと言っていた。

ところが、皇后がチャングムを利用して、前の皇后が生んだ東宮を倒そうと考え、それに気づいた王が、チャングムを自分の手駒とするために主治医にする、と言いだす。チョンホとチャングムは、一旦は逃亡するが、前の左賛成、今は、オギョモの後釜の右議政にすわっている男と内禁衛の将に連れ戻される。右議政と内禁衛将は、イグゥアンヒなどの勲旧派の追及をかわすために、チャングムに王の主治医を辞退させようと考える。勲旧派は前の皇后が生んだ東宮を支持しており、士林派は今の皇后とその王子慶源大君を支持していた。ミンジョンホは、王の命令通りにチャングムを王の主治医にすることを主張するが、それはもはや、士林派の党利党略のためではなかった。彼は、もう、勲旧派と士林派の対立に嫌気がさし、もっと大きな眼で歴史を眺め、医女であっても能力の優れたものが王の主治医になる、ということこそ、歴史的に価値のあることだと確信していた。士林派の右議政と内禁衛将は、チョンホが士林派の政治的立場を越えた行動に出ることに危険を感じ、排除にかかった。そして、勲旧派の要求どおりに、チョンホを流刑にすることに賛成して仕舞う。

一方、王は、はじめはチャングムを主治医にせよと命令したが、むしろ、女性として彼女を愛するようになる。王は、前の王の時代に医女が妓生として扱われていたことに怒り、医女を妓生がわりにすることを禁止する命令を出していた。しかし、チャングムを側室にしてしまったら、王自ら、その命令を破ることになる。チョンホは、王に正しい道を歩ませ、自分の政治的理想を実現するためには、なんとしても、チャングムを側室ではなく、王の主治医にしなければならない。

到頭、チョンホは、王に、自分がチャングムを女性として愛していることを打ち明ける。そして、愛しているがゆえに、チャングムを連れて田舎の村に逃げて暮らすのではなく、逆に、王の主治医としてその才能を完全に発揮させるべきであると決心したと話す。

王は、チョンホの告白に心を動かされて、チャングムを側室にするのをやめて、主治医にする決心をする。

チャングムは、女性として前代未聞の、いや、朝鮮王朝の女性として唯一の、堂上官になる。

チャングム自身は、王の側室にならずにすんで、ほっとしていた。

しかし王は、ミンジョンホを流刑にせよという、勲旧派・士林派一致しての両班達の意見を聞き入れてしまう。

チョンホにとっては、流刑は覚悟のうえだった。彼は、チャングムを側室にしようとした王に、自分がチャングムと愛し合っているのだと告白したが、それは死に値する大罪だった。それでも、命を賭けて告白し、チャングムを側室ではなく主治医にすることが、彼の政治的理想を実現することになるのである。

チョンホは流刑地に旅立つ前に、チャングムの養父のカンドックにノリゲを渡していった。このノリゲは、チャングムの父の形見であり、彼女がチョンホに贈ったものだが、一度、王が、チョンホから取り上げようとして、弓の試合を申し込んできたことがあった。チョンホは王に勝って、ノリゲを守った。そのノリゲを、チョンホは、流刑地へ行くまえに、カンドックに渡したのである。

チャングムは、カンドックから話をきいて、ノリゲを持ってチョンホを追いかけていった。しかし、彼女がやっと追いついたとき、チョンホは、追ってきてはならない、私情は捨てなければならない、という。チョンホは、両班の身分を取り上げられて流刑地に行くのだが、心の中は、両班としての理想の実現のみに固まっていた。チャングムには、到底、チョンホへの愛情を捨てることなどできない。せめてもの愛の印にと、ノリゲを渡す。

チョンホは結局、そのノリゲを持って流刑地へ旅立った。チャングムを王の主治医にしたのは、政治的理想の実現だけではなく、男として愛する女性を守るためでもあった。

このとき、チャングムとチョンホとは二度と会うことができないと思っている。ふたりとも、女性として男性として幸福を得ることは完全に諦めている。彼らはただ、思い出をたいせつにすることにしたのである。チャングムは、チョンホが、「人が身分を問うのであって書物は身分を問わない」といったことを支えにして、王の主治医として精進する。一方、チョンホは、ノリゲをチャングムへの愛のよすがとして、流刑者として生きる。もしチャングムのノリゲがなかったら、身分を取り上げられた元両班である彼が、酷寒の辺境の地で開拓に従事して生き延びることができたかどうか、疑わしい。両班は労働に従事しないものだったからである。チャングムのノリゲは、元内禁衛の武官であったソチョンスが、妻と娘と白丁の村に隠れ住んでいるときに作ったものであった。そこには、チョンスが娘に託した理想が体現されていた。小さな筆と墨壺と銀粧刀である。チョンホはそのノリゲで、チャングムを王の主治医とする任命状を書いた。このノリゲには、チョンホの政治的理想も、チャングムへの愛も、チャングムを愛した父親の人生も、すべてが籠っている。それゆえに、チョンホは、ノリゲをよすがとすることによって、彼の理想も、愛も、そして、彼にとっては偉大な先達となるソチョンスの人生も、生き抜くことができたのである。

そして、思いがけず、王が、チャングムを内侍達に命じて逃がし、チョンホのもとに送り届けた。王は、チャングムでも治せない病に罹っていると知り、イグゥアンヒなどの勲旧派の両班達がチャングムを死罪にせよというのを怖れて、チョンホに、チャングムを連れて明国に逃げよ、と命令してきたのだった。

チョンホは王命に従ってチャングムを連れて逃げようとする。ところがその途中で王が崩御したという知らせが町中に伝わり、チャングムは、王の主治医としての責任感から、都に戻ろうとする。チョンホは、チャングムを連れて、明国ではなく、山の中へ逃亡する。

その後、チョンホとチャングムは夫婦になって白丁の村に隠れて住み、娘のソホンも生まれた。チョンホは村のこどもに読み書きを教え、チャングムは医女として仕事をし、ささやかながらも、かつて夢見た暮らしに近い生活をしている。

勲旧派のイグゥアンヒなどが支持する東宮が次の王に即位したものの、一年を待たずして崩御し、かつてチャングムに東宮の毒殺を命じた皇后の王子、慶源大君が次の王に即位した。今や皇太后となった文定王后は、チャングムとチョンホの身分を回復し、宮廷へ呼び戻した。

しかし、彼らはもう、宮廷に仕える気は無かった。宮廷では士林派の人々が実権を握っていたが、それでも、もう、政治的闘争の場に戻りたくはなかったのである。ふたりは、やっとほんとうに、書堂と薬房を建てて一緒に暮らすという理想が完全に実現できるときがきて、娘のソホンを連れて、旅立っていく。

ミンジョンホの一生は、前半は士林派の両班として、チャングムを強い味方に得て、協力してオギョモを倒すのだが、後半は、士林派の枠を超えて、チャングムを王の主治医にして、自らは政治的権力の場から遠ざかり、そしてさらに、王の死後、チャングムとふたり、自由人として理想の実現に尽くす。非常に困難と苦労が多かったが、チャングムとふたりとも、理想を実現したので、結果的には幸福な生涯だったといえる。王と、チャングムを巡る愛の三角関係になったことは、結果的には、その理想を実現させるための強い原動力になった。チャングムもチョンホも、自分のありったけのものをすべて差し出すほどの困難で自己犠牲的なものだったが。

チャングムは、チョンホの理想の実現のために最後まで尽くした女性だった、という見方もできる。

あるいは、チョンホは、チャングムへの愛を貫き、完全な自己犠牲に生きた男性だった、という見方もできる。

なお、クミョンは、チョンホの政治的理想とは正反対の立場に生きる女性だったというだけでなく、チャングムのような、その時代の枠を越える人ではなかったので、彼と共に歩むことができなかったのだといえる。

クミョンはほんとうはチェ一族の生き方を嫌がっていたのだが、それでも、彼女は、抵抗しきることができなかった。彼女には、自分の殻を破る強さがなく、それでは、ミンジョンホが殻を破るのを助けることもできなかった。チョンホは、自分でも知らず知らずのうちに、ただのその時代の模範的な両班の生き方をするのではなく、両班とか白丁とかの身分を越えて、チャングムとふたり、時代の枠を越えていた。彼はチャングムに引き摺られたのではなく、反対に、常にチャングムの背中を押していた。彼にはチャングムが必要だったし、彼にとって生涯を共にする女性はチャングムしか、ありえなかった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。すばらしい内容の記事に感激です。
士林派と勲旧派という視点から--本当はチョンホの理想からでしょうか--捉えなおしたチャングム論、興味深いです。
>自由人として理想の実現に尽くす
この自由人に二人ともなるのになんと長い年月がかかったことかと思います。
また、遊びにきます。
stanaka
URL
2006/09/03 05:21
stanakaさん、いらっしゃいませ!
いつもそちらのサイトを拝見しております。stanakaさんの視点でのレビューに感心していましたが、今回は私の拙いレビューを褒めていただいて、うれしいです。こちらこそまた遊びに行きます。よろしく。
(^_^)
terutell
2006/09/03 19:45

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