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zoom RSS 臓器移植法改正に関する社説(2)

<<   作成日時 : 2006/05/17 16:59   >>

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神戸新聞http://www.kobe-np.co.jp/

2003/06/26
小児脳死移植/議論を前に進めるときだ

 重い心臓病の子供が、心臓移植を受けるために海外へ渡る。そんなニュースを聞かされるたびに複雑な思いにとらわれる。

 臓器移植法により国内での脳死移植が可能になりながら、十五歳未満の子供の臓器提供の道が閉ざされているため、海外で移植を待たざるを得ない現実の問題と、そのために過大な精神的苦痛、経済的負担を強いられる家族のことが思いやられるからだ。法律ができたにもかかわらず、外国に臓器を頼っている状況を、いつまでも放置しておけない。

 日本小児科学会が子供の人権を守るための環境整備を前提に、子供からの脳死移植を容認する提言を発表したことは、この問題を真剣に考えるきっかけになる。

 九七年十月に施行された現行法は、提供者本人の書面による意思表示を絶対条件としている。このため民法上で遺言の有効性が認められない十五歳未満は意思表示が無効とされ、臓器提供ができない。

 とくに心臓は、体の大きさに合ったものを移植しなければならず、現在の法律では体格の小さい子供への移植が、ほとんど不可能になっている。

 提言は、子供が海外で心臓移植を受けている実情を「厳粛に受け止めている」とし、小児の脳死移植を認める前提として(1)子供本人の意思を記すドナーカードの導入(2)子供への死に関する教育の拡充(3)虐待児からの移植を防ぐ専門的な調査機関の設置などの方策を取るよう求めている。

 子供の脳死移植については、自民党内で議員立法の動きもある。今回の提言も含め国民の理解を深める形で、議論を前に進めてほしい。

 ただ、本格的な論議に入る前に押さえておかなければならない問題がある。

 ドナーになる可能性があるのは、交通事故や病気で脳死状態となる子供たちだ。

 日本では小児科医の不足が深刻で、小児集中治療室の施設も十分とはいえない。法改正論議と同時に、小児の救命体制を充実させなければ、臓器を必要とする患者のための議論と誤解されかねまい。

 一歳未満の幼児の心臓が、脳死から約十カ月間動き続けた例もあり、小児の脳死判定をめぐる徹底した議論・検証も欠かせない。ドナーとなる家族を精神的に支える体制の整備も、大きな課題だ。

 小児の脳死移植を認める条件として、家族承諾に加え、臓器提供の可否を個別判断する専門機関を設ける、親からの申し出に限る、といった専門家の意見もある。いま必要なのは、慎重で大胆な論議だ。


2004/07/06
脳死移植/やはり自己決定権が基本

 神戸市立中央市民病院に入院中の患者が臓器移植法に基づく脳死と判定され、患者の臓器提供の意思に沿って心臓、肺、腎臓、すい臓が摘出された。

 各臓器を移植する手術が、全国四つの病院で行われた。

 法に基づく脳死判定は一九九九年二月に高知医大で初めて実施され、移植に結びついたのはこれで三十例目である。県内の病院が提供施設となったのは初めてだ。

 患者は四十歳代の人で、家族の希望で性別や病名は明らかにされなかった。患者が署名した臓器提供意思表示カードを持っていたため、家族の承諾も得て病院側が日本臓器移植ネットワークに連絡し、法的な脳死判定の手続きに入った。時間を置いた二回の判定で、正式に脳死と判定された。

 脳死判定やそこに至る手順、臓器の移植を受けるレシピエントの選出、臓器の摘出、移植手術のすべてが、現段階で特に問題なく進んだのはよかった。

 脳死移植で重要なことは、脳死判定や移植に至る節目節目の作業が、決められた手順通り行われたかどうかという点だ。このため、すべての手続きを検証可能にしておくことが大切だ。納得のいく進め方だったことが多くの人に示されてこそ、移植医療が信頼されるものになる。

 臓器移植法の施行から七年目となった今も、その基本は少しも変わらない。

 今回のケースは患者の自己決定権を尊重することの大切さを、あらためて浮かび上がらせたように思う。家族がその意思を尊重して初めて、脳死移植の手続きが始まる。これが現行法の基本である。

 ところが、臓器移植法についてのさまざまな議論の一つに、本人の意思ではなく、家族の意思、つまり家族の代理承諾を目指すものがある。

 脳死移植が三十件にとどまるのは、生前の意思表示という要件が厳しいためだとの意見が背景にある。現行法では確かに十五歳未満の移植適応者が救済されない。しかし、だからといって家族の同意だけで提供できるようにするのは賛成しかねる。

 先の国会で、こうした内容を骨子とする改正法案の提出が「国民合意が得られていない」として見送られたのも当然だ。

 すべての国民が脳死に同意しているわけではない。そのことの重みをしっかり見据えた上で、どうすれば国民の意思表示を普及・拡大できるかに全力を挙げたい。小児移植を容認する前提に、子どもの人権を守る環境整備を提言した日本小児科学会の例もある。まだ議論は尽くされていない。


2005/04/30
臓器移植法/生前の意思は動かせない

 脳死は人の死かと問われ、考え込む人も多いはずだ。実際、脳死状態の人の心臓は動き、体には温もりがある。

 多くの日本人は心臓の鼓動が停止して初めて死を実感し、受け入れてきた。

 ところが心臓などの臓器移植は、心臓の鼓動が停止してからでは遅い。そこで、ときどきある“一歩手前”の脳死状態で臓器を摘出できるようにしたのが、一九九七年十月に施行された臓器移植法である。

 この法律によって、生前、臓器提供の意思を表明し、家族も同意した人に限り脳死を死と認め、臓器摘出が可能になった。

 これまで、法律に基づいて行われた臓器移植は三十六例を数える。

 ただ、意思表示できるのは十五歳以上に限られ、その年代に達していない移植適用者は救済されないという問題を残す。

 とくに、心臓は体重で大きさが異なり、成人から小児への移植は不可能に近い。

 そこで今、自民、公明両党の議員検討会を中心に法改正の動きが強まっている。

 検討会の案は脳死を一律に人の死とし、臓器提供に関する条文を「本人の意思」ではなく「家族の意思」、つまり家族の代理承諾へ変更しようというものだ。五月末にも国会へ提出を目指している。

 この案に沿えば、小児の移植適用者へ臓器提供も可能になる。本人の意思とは関係なく脳死と認定されるようになれば、脳死移植の数は今より増えるかもしれない。

 しかし、なぜ脳死を一律に人の死と決められるのか。国民の意識は熟しているだろうか。そうとは思えない。

 脳死問題は、日本医師会や日弁連など各界が論議を重ねたが、容易に結論を出せなかった。脳死臨調が組織され、その最終報告書に基づいて立法化された。脳死と心臓死の選択を個別に委ね、ぎりぎりの妥協点を見つけるのに十余年の年月を要した。

 相反する価値観の中で移植に道を開いた現在の法律は、十分、尊重に値する。

 検討会の案は、そうした議論や経緯に対する敬意や配慮に欠けている。

 家族への優先提供を認めようとしていることも、臓器配分の公平性・透明性をうたった法の精神に反し、容認しがたい。

 といって小児への移植が閉ざされている現状は、ベストとはいえない。両党の有志の会は、現行法の考え方を維持しつつ、小児への移植を可能にする案を示した。本人の意思を前提に十二歳以上の提供を容認した、小児科学会の案もある。

 壁は厚いが、現行法に則して小児の移植に道を開く妥協点を探ってほしい。


2006/03/14
渡航移植/もつれた糸を解きほぐせ

 臓器移植を受けたいが、国内ではなかなか機会が得られない。そこで、やむなく海外で受けるという人が少なくない。

 これまで、渡航移植の実態はほとんど分からなかったが、厚生労働省の調査で、初めて一端が明らかになった。

 一九八八年から二〇〇五年の間に、心臓移植を受けた人は八十五人、肝臓移植は百九十九人、腎臓移植は百五十一人で、延べ四百三十五人に上り、ほかに亡くなった人が十八人いることが分かった。

 わが国では九七年十月に臓器移植法が施行され、脳死患者からの臓器移植が可能になった。これまでに脳死下での移植が、四十例行われている。

 しかし、調査ではっきりしたことは、法施行後も渡航移植が続いているという実態だ。国内に脳死移植を認める法律を持ちながら、臓器を求めて海外へ行かねばならない現状。それが対日批判に結びついているとすれば、見過ごしにはできない。

 今回の調査を、日本の移植医療を考えるきっかけにすべきだろう。

 特にいま問題になっているのは、国内での臓器不足から、開発途上国での臓器の確保に向かっているとの批判である。

 中国での死刑囚からの臓器移植は象徴的な例だろう。最高人民法院の規定で死刑囚からの臓器摘出が認められており、こうした臓器が日本人渡航者にも移植されていると指摘されている。

 世界保健機関(WHO)や世界移植学会は反対の立場を表明し、日本の関係医学会に毅然(きぜん)とした対応を求めている。そのことも、今回の調査のきっかけになった。

 フィリピンでは日本人対象に腎のあっせんが公然と行われ、「臓器売買」と批判されてきた。背景に貧困問題があり、WHOは人道上、許されないとの立場をとる。

 臓器移植法の施行後、心臓移植を求め海外へ渡る人が、むしろ増える傾向にある。小児より大人が多いのが、最近の特徴だ。脳死による移植が思いのほか、進まないという現状へのあきらめやあせりが、海外へ向かわせているともいえるだろう。

 わが国は、世界に例のない生体肝移植大国である。脳死臓器移植が実現するまでの“つなぎ”とされた医療が、現状では主流になり、提供者(ドナー)の範囲の拡大が新たな人権問題を招来している。

 臓器ごとに直面する問題は違い、一様でない。「助かればいい」では済まされない問題も多く含んでいる。臓器移植という医療行為をめぐってもつれた糸を、一度解きほぐすことが重要だ。

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*参照
臓器移植法改正を考える 森岡正博

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