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zoom RSS 誰のための、何のための教育……「脳死は死」とは

<<   作成日時 : 2006/04/27 11:44   >>

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教育、って教育的指導でもするんでしょうか。
脳死は死だ、って洗脳するのかな。
一室に閉じ込めて、
脳死は死ではないと思うなんて、お前はそれでも医者か! 看護婦か!
脳死は死だと思うまで、一滴の水も飲まさぬ。といって蔵に閉じ込めるとか。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060427-00000002-kyodo-soci

社会ニュース - 4月27日(木)0時7分

「脳死は死」妥当は39% 臓器提供病院の医療従事者
 脳死からの臓器提供ができる病院の医師、看護師などのうち「脳死は死の妥当な診断基準」と考えているのは約39%で、欧州の半分以下との調査結果を、厚生労働省研究班が厚生科学審議会の臓器移植委員会で26日、報告した。
 研究班員の大島伸一国立長寿医療センター総長は「これほど低いとは思わず、がくぜんとした。医療従事者がこれでは、とても一般の人に理解は深まらない。教育が必要だ」と話している。 調査は大学病院など300余りの臓器提供病院のうち31病院を対象に実施、7456人が回答した。
 脳死は死の妥当な判断基準と答えたのは約39%、妥当ではないが約15%で、分からない・無回答は約47%。欧州8カ国での同様の調査では、妥当約82%、妥当でない約8%、分からない・無回答約11%だった。

(共同通信) - 4月27日0時7分更


http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060407ik04.htm

[解説]臓器移植法 二つの改正案
死生観根源的議論の時 条件緩和巡り割れる意見

 臓器移植法をめぐって、二つの改正案が国会に提出された。脳死での臓器提供の条件をどこまで緩和するかで意見が割れ、一本化できなかった。(科学部 瀬畠義孝)

渡航するしか

 重い心臓病の一つ、拡張型心筋症に苦しむ東京・多摩市の石榑(いしぐれ)愛(まな)ちゃん(生後9か月)は13日、一家で渡米し、カリフォルニア州のロマリンダ大学病院に入院する。父親の光一さん(38)は医師から「余命は1年以内」と告げられ、渡航移植を決断した。

 光一さんは会社を休職し、駅頭で募金活動に専念した結果、1億3600万円が集まった。「子供が必死で生きようとする姿を見て、可能性がある限りあきらめてはいけないと感じた」と言う。

 愛ちゃんのような小児の心臓病患者は、国内で心臓移植が受けられない。現行法に、脳死による臓器提供は15歳以上という制限があるからだ。小児患者にサイズが合う臓器が提供される可能性はほとんどない。

 脳死移植の件数は、1997年の法施行から計44件(5日現在)。年間0〜9件と伸び悩んでいる。日本臓器移植ネットワークに登録した移植待ちの患者は3月末で心臓82人、肺117人などと、提供者より圧倒的に多い。移植を受けた患者よりも、待機中に死亡した患者の方が多いのが現状だ。

 残された道は、日本より臓器提供者が多い外国で手術する渡航移植しかない。


「移植禁止法」

 現行法が臓器提供を認めているのは、本人が脳死判定と臓器提供に同意する意思を書面で示し、さらに家族が同意した場合だけ。15歳未満の除外規定もあって、移植医らの推進派は「移植禁止法」と呼び、「脳死移植が普及しない一因」と主張している。

 与党の有志議員が提出した改正案は、こうした提供条件を緩和し、脳死移植の拡大を図る内容だ。しかし、改正案の一本化はできず、中山太郎衆院議員(自民)ら6議員が提出した“家族同意案”と、斉藤鉄夫衆院議員(公明)ら4議員による“年齢緩和案”の2案が国会に出された。

 家族同意案は「脳死は人の死」を原則とする。臓器提供に関する患者の意思が不明でも、家族が同意すれば脳死判定や臓器提供が可能となる。この方式は、世界保健機関(WHO)が91年に示した「臓器移植に関する指導指針」でも示されているほか、欧米でも主流となっている。

 もう一方の年齢緩和案は、脳死を死と考えない人に配慮して、移植の臓器提供に限り「脳死は人の死」とする。患者の意思表示を必要とする現行法の考えを受け継ぎ、提供の年齢制限を「15歳以上」から「12歳以上」に緩める内容となっている。

根強い慎重論

 日本人の脳死に対する考え方は様々だ。90年代初めに設置された「臨時脳死及び臓器移植調査会」(脳死臨調)では、激しい論議が繰り広げられた。97年の法案審議でも、意見対立を経て、「移植に限って脳死は死」という内容になった。

 脳死移植の拡大には慎重な意見もある。日本弁護士連合会は先月、意見書を国会などに提出した。「脳死は人の死」とする考えについて「社会的合意は成立していない」として、本人による意思表示と、現行より厳格な脳死判定を訴えている。一方、日本小児科学会は「小児患者の意思を親が代弁することは、子どもの人権尊重をうたう『児童の権利に関する条約』の精神に反するほか、児童虐待などのケースでは不適当」としている。

 二つの改正案の国会審議では、「脳死は人の死か」という死生観の根源的な問いに立ち戻って、議論が交わされるだろう。それに基づき、本人意思についても判断されることになる。現行法は「施行後3年をめどに内容を見直す」という付則を設けた。しかし、実際には8年半も放置されている。この間、議論らしい議論もなかったのは国会の怠慢ではないか。今度こそ脳死移植について徹底的に議論し、合意点を見いだしてほしい。

 脳死 事故での頭部外傷や脳卒中などの病気によって脳全体の機能が失われ、回復不可能な状態。人工呼吸器の普及によって一定期間は心肺機能の維持が可能だが、その後、心臓は停止し、蘇生(そせい)することはないとされる。人の死は長らく心臓停止、呼吸停止、瞳孔散大という三つの兆候で確認されてきた。脳死状態では、患者は一見すると眠っているような様子で、「見えない死」とも呼ばれる。脳機能が一部残り、自分で呼吸できる「植物状態」とは異なる。

(2006年4月7日 読売新聞)


*参照
脳死・臓器移植の行方
http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/ethics/theme3.html

−脳死と移植−
http://web.kamogawa.ne.jp/~ichi/cre-k/sugibbs2/trees.cgi

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