てるてる日記

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zoom RSS 移植体験者と脳死患者の家族との対話(1)

<<   作成日時 : 2005/09/30 11:33   >>

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森岡正博さんの掲示板で、脳死・臓器移植について、移植体験者と、脳死患者の家族との対話がありました。
非常に重要だと思いますので、こちらに抜粋を載せます。

http://322.teacup.com/lifestudies/bbs
生命学ホームページ 「脳死臓器移植」専用掲示板
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はじめまして  投稿者: さる  投稿日: 8月29日(月)05時50分57秒

はじめまして、今回初めてこの掲示板に投稿させてもらいました。
僕は先月に肺移植をしたばかりなのですが、移植について、特に脳死移植について
他の方々がどのようにお考えなのかとても気になり投稿する事にしました。
ちなみに僕の移植も脳死移植で、僕自身は脳死移植が日本でもっと広まってくれたらと
思っています。

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さるさん御自身の考えを開示されては?  投稿者: もりけん  投稿日: 8月29日(月)23時22分25秒

 さるさん、脳死肺移植を受けられたのであれば、すでにお考えはお持ちでしょう。
漠然と他人の考えを聞くよりも、まずご自身のお考えを提示されると、後の話題、応答が豊富に出てくると思います。


 こんなこと、ご存知でした?

 家族が臓器提供を拒否したおかげで、現在は一人で通勤、就労できるまでに回復している方もおられる。
http://fps01.plala.or.jp/~brainx/news2002-8.htm#20020801


 ドナーカードを持っていたがために、脳死ではまったくないのに脳死に近い状態と説明され臓器を提供させられた方もおられる。
http://fps01.plala.or.jp/~brainx/news2001-8.htm#20010815


 法的脳死が確定するまでは救命努力を尽くさなければならないのに、
そうではなく、早期から臓器摘出目的の「ドナー管理」をされて臓器を盗られた患者もいる。
http://fps01.plala.or.jp/~brainx/news2000-4.htm#20000424


 さらに臓器摘出前から筋弛緩剤、麻酔をかけていたにもかかわらず、血圧が上昇したために再び麻酔を追加して臓器を盗られた方もいる。
http://fps01.plala.or.jp/~brainx/news2004-10.htm#20041014


 脳死判定基準をみたした後に、自発呼吸が出た方もいる。
http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery15.htm#16


 さらに日本では、「心停止後の摘出」と騙して1960年代から、「脳死」臓器摘出が行われてきた。
http://fps01.plala.or.jp/~brainx/news1966.htm


 法律的にも倫理的にも、重大な逸脱行為が、特に腎臓移植は万単位で実施されているにもかかわらず、
果たして臓器移植が従来の内科的、外科的治療法よりもベターな手段なのか、医学的根拠がない。
http://www6.plala.or.jp/brainx/evidence.htm
http://www6.plala.or.jp/brainx/adjuvant_test.htm


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返答遅れてすみませんでした。  投稿者: さる  投稿日: 9月20日(火)20時48分27秒

投稿して数日経った後、あまり体調が良くなかったのでPCの前に出る事が出来ませんでした。もりけんさん、すみませんでした。

それと「もりけんさん」の文章をみていると脳死移植に反対のような感じが強く取れるのですが実際どうですか?
僕は今16歳で先々月移植をしたばかりですが、僕が移植をする前は母は、僕の兄が小さい頃にドナーカードをよく理解もせずに、只何かカードをもらったという事で喜んで帰ってきた事がありました。
そこで母に兄は「僕これに登録するんだぁ」と嬉しそうに言ったそうです。
しかし、これに母は一瞬ゾッとしてすぐに兄に「お母さんがここまで大事に育てた体に、死んだ後まで傷を入れないでちょうだい」と言ったそうです。
また父は僕が移植をして命を救ってもらった今でも、自分の子供の臓器を提供するかと言ったら、とても難しいから分からない、只子供達が自分の意志で行うというなら構わないけど自分に選択を迫られたら、もの凄く悩むだろうと言っています。
逆に母は今は子供達は子供達の体だから自分で決めればいいが、自分は死んだ時に臓器を提供したいと変わっています。
これは父も同じで自分の臓器なら提供したいと言っています。
僕は二人の気持ちは何となく分かります。
うちの親も僕が移植をする事にならなければ、移植の事など考えた事は殆ど無かったと言っています。
なので、一般の方が移植の事にあまり関心が無いと事はむしろ自然な事だと思います。
しかし、そこでもうちょっと色んな方に移植についてどんな事が起きていて、ドナーやその家族側の苦悩、レシピエントの残された道は死しかない状況で一筋の希望にすがっている状況、またその家族の苦悩、それと今の日本の小児の移植は更に厳しい状況だという事等を知っ

てもらい、またそれについて反対意見でも、賛成意見でも少しでも移植について考えてもらえるような世の中になってくれればと思います。

それと最後に、日本とアメリカの移植でもっとも共通する点が一つだけあります、それはどちらの国の親も自分の子供が死んで悲しみの絶頂にいるのに、そんな時によその子の命を助ける事を考えるのは非常に難しいし、第一その要請が唐突だと言っています。
しかし、彼らの中でも自分の子供の一部分の何処かがその救われる子の中でまた新しく生きてくれる、そう思うと気持ちよく提供出来たという方々がいるのです。
つまり、どの親も自分の家族や子供の体の一部、皮膚でも何でも、死んでしまった後は全てが愛おしく、その亡くなった方に見えるのだとおもうのです。

随分長くなりましたが、最後に僕はこういう掲示板があって、移植の事を考えてくれる、また「もりけんさん」は僕が思うに多分反対意見だとおもうのですが、それでも移植について考えてくださるという事に僕はとても嬉しいです。

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私のような条件付賛成は多いのでは?  投稿者: もりけん  投稿日: 9月21日(水)01時36分46秒

以下は、さるさんの 9月20日(火)20時48分27秒投稿への返事です。

さるさんの問い:「「もりけんさん」の文章をみていると脳死移植に反対のような感じが強く取れるのですが実際どうですか?」

私の答え:6月25日(土)00時09分21秒の投稿に書いていましたので該当部分を貼り付けます。

 私は何の宗教的な背景は持ちませんから、反対することを前提としてはいないのです。
 私は昔から「もしも自分に対して治療を尽くされたにもかかわらず、絶対に救命不可能な状態になり、意識も無いならば臓器提供してよい」と思っています。
 その意味では、脳死・臓器移植賛成です。

 しかし現実はそうではなく、救命可能な人からも臓器を盗ろうとしているではありませんか。

http://fps01.plala.or.jp/~brainx/news2002-8.htm#20020801

 だから結果として判定している。(反対している、の恥ずかしい誤植です)

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さるさんへ  投稿者: ゴサイジ  投稿日: 9月22日(木)18時11分53秒

さるさん、はじめまして。

私は「脳死」臓器移植のこれ以上の推進・拡大に反対して、現在、国会へ反対陳情を
行っている者です。一昨年の11月、交通犯罪に母を奪われ、「脳死」を経て心停止
までを看取りました。参加する犯罪被害者の団体(全国交通事故遺族の会)から、河
野太郎議員はじめ国会議員に対し、交通死遺族の主張への理解を求める運動をしてい
ます。

「脳死」移植を受けられ、日本での拡大・推進を望むさるさんには、私の投稿はお読
みになるのは辛いかもしれません。でも、私は、移植患者の方とお話ができることを
ずっと望んできました。読んで、お返事を下さったら、それがどんな内容であっても、
非常にうれしいです。色即是空さんも、投稿中で言及させて戴いたので、よろしかっ
たら是非お願いいたします。

まずは、一点だけ。さるさんの感想、お考えを聞かせて下さったら、どんなにかうれ
しいのだけれど。

ご存じかもしれませんが、「脳死」臓器移植は、日本の場合、交通事故に依存せざる
を得ません。これは複数の国会議員も認めていることで、「できるだけ若くて健康な
人がある日突然に、それもできるだけ頭だけをやられることが臓器移植のためには必
要」(笹川尭衆院議員の表現*注)のです。そして、日本では、色即是空さんが書か
れているような「暴走族の自損事故」より、事故とは名ばかりの犯罪による死者・重
傷者が大半を占めているのが特徴です。また、「脳死」臓器移植を行っている諸外国
に比べ、日本の救命率は文字通り桁違いに低くなっています(救命医療と臓器移植の
対立についてはもりけんさんが書かれているとおりです)。

私たちは、生命・身体を奪う交通犯罪を無くしてゆくために、そして、私たちのよう
な悲しい思いをする人が一人でも少なくなることを願って、様々な運動をしています。
「一人でも多くの人に、移植医療のすばらしさを体験してほしい」と願う移植患者さ
んの運動とは対照的ですが、全死亡人口の1%が「脳死」によるとされるその1%の
内の「交通犯罪を原因とするもの」を、私たちは一件でも減らしたいのです。交通犯
罪が、色即是空さんの書かれた「暴走族の(自損事故)」のようにイメージされるだ
けなら、決して撲滅はできない、それどころか、社会の多くの人が何も意識しない内
にまるで移植用臓器の生産工場のように機能してしまうでしょう。でも、私たちは、
そんなことは、不法な暴力で奪われていった命への誓いに即して、決して認められな
いのです。

突然の「事故」に見舞われた被害者の家族は大混乱です。テレビか映画を見ているよ
うだった、まるで現実感がなかったという人がほとんどです。医師の説明もろくに頭
に入りません。加害者および加害者が保険に入っていれば保険業者への対応や、お見
舞いなどもすさまじい勢いで集中してきます。そのような中で河野・福島案によって
臓器の提供を求められたり、色即是空さんの言われるような「功利的な手術」がなさ
れることに、さるさんは問題を感じられませんか(「脳死」の人の実際については、
いずれ別にまた改めて書きます)。

「脳死」臓器移植は、本当に、「善意」だけで、また「足りないから」という理由で、
あるいは「社会全体を考える功利的な視点」で推進・拡大されていいものなのか、、。

親御さんの悩むお気持ちを「何となくわかる」と言われるさるさんに、どうかお願い
したいです。その「悩む気持」を、交通犯罪に即して想像してみては戴けませんか。

被害者がボロキレのように扱われる検屍、ずさんな警察の初動捜査、被害者も遺族も
蚊帳の外におかれたままで進行する刑事裁判、「損害賠償請求」という空しい名の民
事訴訟など、そのそれぞれにボディ・ブローのように遺族をさいなむ苦しい問題があ
り、それらは「なってみなければわからない」ものではあります。また、これらのそ
れぞれに、「脳死」臓器移植とは真っ向から対立する犯罪被害者の権利と利害があり、
いずれ改めてさるさんに知っていただきたいと願っていますが、今は「ある日突然電
話がかかってきて、、、」といったことだけでもいい、ただ、できるだけ具体的に、
想像してみては戴けないでしょうか。ドナーになるかならないかより以前に、ある日
突然暴力的な犯罪に家族を襲われた者の気持を想像してみてほしいのです。昨年12
月に「犯罪被害者等基本法」が成立したこともあり(遺族の会でも全力を傾けて署名
に尽力しました)、被害者のおかれている現状についてはネットでも多くの情報を集
めることができます。術後の大変なお体だと思いますが、ご無理のない範囲で、どう
かお願いします。

改めて私が言うことではないけれど、お身体をお大事になさってください。主張は全
く違っていても、さるさんが存分にご自身の人生を生き抜かれることを心より祈りあ
げます。

===========
*注:7月28日の面談中で、ただし、笹川議員は「だから私は皆さんの気持ちはよ
くわかる」とは言ってくれました。まあ、「医療費高騰の中で、どこかで線引きせざ
るを得ないのだ」とも言っていましたが、、、、。

ゴサイジ

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ゴサイジさんへ  投稿者: さる  投稿日: 9月22日(木)20時35分50秒

ゴサイジさん、はじめまして「さる」です。
正直僕の理解力がまだまだなのか、正直完璧にゴサイジさんの
おっしゃる事がちょっと難しくて分からない所が多かったのが
正直な気持ちです。
只、交通事故で脳死の方のドナーが比較的多く行われている事
は知っています。
僕は交通事故のおかげで今の所脳死のドナーの提供が多く行われている
という現状に対して、決して有り難いなどとは思っていません。
むしろゴサイジさんと同じ意見で、そういった悲しい出来事(交通事故)は
減らしていくべきだと思っています。
それは、移植と交通事故とは別問題だと思っているからです。
それに交通事故という物は、被害者やその遺族の方に非常に辛い現実
を突きつける事になると思います。
それは移植を待っているレシピエントとその家族も同じ気持ちだと思うのです。
僕は交通事故や犯罪などあってはならない悲しい出来事は勿論減らしていくべき
だと思います。
只、本当に適切な救命処置がもう出来ない状況になった方達には凄く酷だと思いますが
その時に、今、死という恐怖のどん底で戦っていて、希望にすがっているレシピエント
と家族を救えると思ってくれたらと思うだけなのです。

それに僕はもう16で、子供とは言えない年頃かもしれませんが、僕よりも小さい子達で
死の恐怖に脅えている、もっとこれからやりたい事が沢山あるのに出来ずにいる子達が
日本は沢山います。
そして今の臓器移植法では、こういった15歳以下の子供達にはとても不利な条件なのです。
これは僕のエゴになりますが、もう既に助からないと分かった時こういった未来のある子達を助けてあげて欲しい、そう思うのです。

今の法律では、15歳以下の臓器提供が認められていません、つまり15歳以下の臓器提供が無いという事は、15歳以下の子に会う臓器が非常に手に入りにくいとの事なのです。

こういった現状はなんとか変わって欲しいと思います。

また話しは変わりますが、今僕はアメリカにいてアメリカで肺移植を受けたのですが、ここ
アメリカではE君という男の子が僕と同じ肺移植が必要になった時に家族とは血液型が合わない為に生体移植無理とのことでした。
そこで脳死の移植を登録した所、それを知ったまわりの友人、知人、またその人達からまた人へと伝わり、「私がE君に生体は移植を行います」という人が1000人以上現れたそうです、これは僕がE君とお母さんから直接聞いたので本当の話しです。
こんな凄い事がアメリカでは起きているんだ!と僕は衝撃と感動を同時に感じました。
只、これは日本では生体移植は二等親までしか認められていないので、これは無理な話です。
しかし、こんなに素晴らしい事が日本でも起きる日があればなぁと僕は思います。

最後にゴサイジさん、僕の体の気遣いまでありがとうございます。
16歳の小僧が書いた文章ですので、変な文章かと思いますが、よかったら読んでみてください。

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臓器移植と交通犯罪  投稿者: ゴサイジ  投稿日: 9月24日(土)01時55分8秒

さるさん、お返事、本当にありがとうございました。アメリカ滞在中ということは、まだまだ療養中ですね。くれぐれもご無理なさらずに。わかりにくい文章で申し訳ありません
でした。

以下はご無理のない範囲で。

>僕は交通事故のおかげで今の所脳死のドナーの提供が多く行われている
>という現状に対して、決して有り難いなどとは思っていません。
>むしろゴサイジさんと同じ意見で、そういった悲しい出来事(交通事故)は
>減らしていくべきだと思っています。
>それは、移植と交通事故とは別問題だと思っているからです。

本来は別問題です。私たちの会にしても、ご家族は即死だったという方が多いですし(ち
なみに、毎年発表される交通事故の死亡者数は24時間以内に死亡した人の数であって、
したがって、「脳死」となった人は全くカウントされていません)、非常に多くの分野に
わたる複雑な問題であることは事実です。

ただ、臓器移植法があることで、また、改定されてゆくことで、この二つが否応なしに結
び付けられてしまうということもまた事実で、だからこその反対なのです。


>只、本当に適切な救命処置がもう出来ない状況になった方達には凄く酷だと思いますが
>その時に、今、死という恐怖のどん底で戦っていて、希望にすがっているレシピエント
>と家族を救えると思ってくれたらと思うだけなのです。

そう、移植患者さんはそう願うだろうなあと私も思います。けれども、死という恐怖のど
ん底で戦って一条の希望にすがっているのは被害者とその家族も同様です。戦うのに欠か
せないものって、何でしょうか。

その答は、今は書きません。ただ、意識・無意識を問わず、あるがままの命いっぱいに生
き抜こうとする患者の生命の動きをサポートする医療体制がなかったら、そして患者と家
族の傷ついた体と心に寄り添おうとする医療体制がなかったら、それは無理やりにでも、
患者と家族の沈黙の内に押し込められてしまうことでしょう。私自身、もし、母の主治医
とナースがそのようにしてくれなかったなら、決して思い至ることはなかったろう「答」
でもあります。

なお、脳に対する治療をはじめとするぎりぎりまでの救命医療と移植用臓器の保全とは両
立しえません。強心剤を多く入れた心臓は移植に適さないという移植医の発言も記録され
ているくらいです。要は健康で新鮮な臓器が必要なのですから、生着率をはじめとする移
植の成果を向上させるためには、ドナーの生命を早々に見切ることが必要なのです。アメ
リカでは「脳死」の判定に脳波の測定も義務付けられてはいません。カナダも同様です。
「もう助からない」という医師の見立てがあれば、日本で言う「脳死」であろうがなかろ
うが関係ないというのが実情かもしれませんね。

さらに、犯罪被害者の場合、臓器摘出と真っ向から対立する利害のひとつに「検死」があ
ります。すべての被害者の遺体に解剖が必要とは私も思いません(検死自体、遺族には非
常に辛いことです)。しかし、加害者の言うなりが通ってしまう日本の司法制度の中では、「検死」が唯一の客観的・科学的証拠となる場

合がしばしばあります。被害者の体に
残されたむごい傷は、「真相究明、よろしく頼んだよ」という被害者の文字通りのダイイ
ング・メッセージでもある。だからこそ、たとえ本人の提供意思があろうと、臓器提供より
優先されるべきものとして、現行法でもそう位置づけられてはいます。けれども、法律で
「脳死」を死として、では、「脳死」状態の人に実際にどうやって検死を行うのか。管だ
らけ、包帯だらけの体を、外見からチラッと見て、あとは主治医の話を聞けばそれで済
むのか。これまでの事例では、たぶん、そういう風に行われているのでしょうが、果たして、それで公正な捜査が確保されるのか。私にはとても疑わしいです。

それでも、もし、「外見からチラッと見るだけで十分です」という確固たる技術と基準が
あるのなら、「脳死」の人の「検死」に限らず、事故原因を究明するための何らかの司法
的な医療行為を、すべての被害者について行ってほしいものです。実際、重度の障害を負って生還した方たちは、闘病と介護に明け暮れる内に何も知らないまま刑事裁判がさっさ
と終わってしまい、加害者の言いなりに低額の賠償を押し付けられることで大変な苦労を
しています。よく「脳死」と「植物状態」は違うといいますが、後に「植物状態」となる
被害者も、急性期は「脳死」の人とあまり見分けがつきません。呼吸器をつけていること
も多いし、相当なむくみが来ていることもあるからです(「もう助からない」と言われて
生還した「植物状態」の被害者はたくさんあります。その人たちの会「全国遷延性意識障
害者・家族の会」も、交通犯罪の被害者が6割を占めており、「命の切捨て」をおそれて
臓器移植法の改定に対し、私たちと一緒に反対運動をしています)。

「もう助からないのなら、助かる命に、私の臓器をあげたい」、、、、確かに、美しく思
えます。けれども、それが実現される場には、被害者の生命の切捨てがある。そして、美
しいだけではすまない、犯罪被害者の権利(基本法に明記されています)の侵害がある。

「移植」と「脳死」も別問題ではないし、「移植」と「交通犯罪」も別問題ではありませ
ん。だから、まずは、「脳死」の人の発生する現場にどんな問題があるのか、多くの方に
知っていただけたらと望んでやまず、こちらの掲示板にも時々投稿させていただいてきた
のですが、移植を受けられた方とお話できるのは、本当にありがたいことです。

さるさん、繰り返し、お返事、どうもありがとうございます。「やりたいこと」に存分に
挑むことのできる体と心を、ゆっくり養ってください。

ゴサイジ

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お詫びと追加一点  投稿者: ゴサイジ  投稿日: 9月24日(土)02時12分25秒

先の投稿で、改行が乱れて読みにくくなってしまいました。お詫びします。

それと、「アメリカでは脳死判定に脳波の測定が義務付けられていない」のくだりですが、つい先週アメリカ人の脳外科医から偶然に入手した情報で、ただし、未確認です。
確認してからどこかで書こうと思っていたのですが、うっかりアップしてしまいました。
ちなみにこの脳外科医は「脳死」臓器移植には賛成の人です。

ゴサイジ

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ゴサイジさんこそ、ありがとう  投稿者: さる  投稿日: 9月24日(土)21時40分53秒

ゴサイジさんこそ本当に返答ありがとう。
只、僕は思います、いくら色んな事を色んな人が考えても
人はその人の立場や状況によって考えがまったく違うし、
相手の状況にならないと実際はわからないのが普通だと思います。
僕は勿論交通事故にあわれたご家族、被害者の方の気持ちは分かりません。
また逆に僕らのようなレシピエントや、その家族の気持ちは誰にも医者でさえ
分かる事はその時にならないと出来ないでしょう。
それはドナーの方とその家族の気持ちの事も一緒で僕には完璧には理解する事は
不可能だと思います。
なので、この問題は、こういう場所がある事はとても素晴らしく、
大切な事だと思いますが、ここでいくら話し合っても答えは出ませんし、むしろ
僕はこの問題には「良い」、「悪い」、「賛成」、「反対」、なんて結論を出す問題
では無いと思います。
勿論答えなんて物は無いとも思っています、それぐらい難しい、複雑で、人間の感情がこれほどまでに関係する問題は無いと思います。
だってウチの父でさえ、自分の子供が移植をした後でも、移植について両手を挙げて賛成とは言ってません、むしろ彼は常に迷っていて、

難しいよなぁ、としか言いません。
つまり答えなんて出ないのです。
色んな人の意見の中でこの問題は大きくなっていくんだと思います。
結論を出すことは非常に簡単で楽ですが、それはちょっとあんまりだと思います。
ドナーの方でも提供を快くしてくれる方、また家族もいれば、レシピエントの方で
そんな人から臓器を取ってまで生きるのか?という疑問を常に持ってらっしゃる方も
います。
こんなに色んな人がいるなかで、何が「良い」のか何が「悪い」のかなんて誰にも
分かりません。
僕も将来子供が出来たらその子の臓器を提供できるか?と言われたら、その時の状況
にならないと全く分かりません、母と同じようになるかもしれません。

でも父がこれだけは言っていました、自分の子供がもう移植しかなく、後は死を待つばかり
ですよと言われた時に、誰がその子にこれがお前の運命だからと言って死を受け止めさせる親が何処にいる?と、またその子が「いやだ、僕は生きたい」等と言った場合には、やはり親はその子に出来る限りの事をしてあげたい、ならばまだ残されてる移植に賭けるだろうと言いました。

つまりこの例を挙げても、移植でしか生存できない子を持った親にしか分からない気持ちだと思います。
それは他の人には完全には理解出来ない事です。
だからやはり人は、その時の立場や状況で色々な事を言いますが、立場と状況がまったく違う物になれば、また言う事も変わるんだと思います。

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僕もそう思います。  投稿者: さる  投稿日: 9月25日(日)20時25分37秒

色即是空さんは「ハワイで起きた、脳死の淵から生還した幸運な例で、もし脳死として臓器摘出されていたら、多くのレシピアントの命が助かったということで「功利主義」的な気持をいだく人もいることを私は述べた。しかし、このことがそのまま、もりけん氏のいうような質問には至らない。

「あなたは臓器提供を死ねばよかったんだ。そうしたら20人の人が助かった」と言えますか」と私に問うているが、私が理解を示したのは、臓器を提供していたら、20人助かった、一人よりも20人助かってよかった、ということであって、氏のように起きた・起きるであ

ろうことの次元を錯綜させて、生きている人にそういう発言を求めることはありえない。なぜなら、ハワイの幸運な例は現実に「幸運な例」であって、幸運として認められるからである。もし不幸な例となっていれば、一人の死が20人の命を助けたことの価値を評価するだけのことであり、氏の質問は、文脈をきちんととらなかった曲解が結果したものと言えよう」と言っていますが、僕はそこのもりけんさんが言っていた事に対して、上手く返答する文が見つからなかったので、あえて書きませんでしたが、僕も色即是空さんと同じ意見です。

それと、話しは変わりますが、どうして誰も、臓器を提供した時に自分の家族がそのレシピエントの中でまた生きるんだという考えは出な

いんでしょうか?これは臓器提供をしてくださった、ドナーの家族の気持ちでもあるんです。
臓器移植はあくまでも、人から臓器を頂きますが、人から命を奪っている訳ではないと思います、もりけんさんの言うとおり、助かるはず

だった方から取ってしまったという実例をこれから無くしていくべきだとおもいますが、ちゃんと行われている移植もあると思うのです。

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さるさん、投稿ありがとう  投稿者: ゴサイジ  投稿日: 9月28日(水)00時31分11秒

さるさん、ほっとする投稿をどうもありがとうございます(27日20時21分づ
け)。私も、流れを見ていて、当事者としてはちょっと投稿しかねる雰囲気があり
ました。ほっとしたところで、少し書かせてください。でも、さるさんはじめ、ど
なたも体とお気持にさわりが出ない程度にしてほしいです。書かせていただきたい
のは「気持ち」のことなので、、、。

まず、確かに、移植を望む方とそのご家族の気持ちになりきることはできないけれ
ど、想像することだけは私にもできます。もし、私がさるさんのように術後間もな
い人の家族だったら、反対派の人間とネット上で会話することは「やめてほしい」
とも思うかもしれません。私の母だったら、問題の複雑な辛さに泣きながらそう言
うのではないかとも思います。それだけにさるさんのお返事・投稿は本当にありが
たいのですが、、、。この問題は、多くの国会議員が本音では避けてとおりたいと
言うくらい、辛いものだというのを、私は反対陳情の中で痛感しています(ちなみ
に、これは、どちらの立場がより辛いかとか、そういうことではないと私は思って
います)。

難しくて複雑で、そして悲しいのは、移植を望む方とそのご家族(家族に限らず周
囲の大切な人たち)と私たちのような反対派の利害の対立(これも悲しい言葉です
が)が、「脳死」の人の生命を絶つことそのものに起因しているからです。対立を
おさめるのに、私には色即是空さんの言うような「まあ、いいか」という範囲内に
母が押し込められてしまうことは何としても耐え難い。この件に限らず、「全体を
考えれば」という視点が"全体"を構成する一人ひとりに押し付けられるとき、それ
は有形無形を問わず暴力だと私は思っていますし、まして、それが、かけがえのな
い人に押し付けられるとなると、、、、。やはり、黙ってはいられない。

>でも父がこれだけは言っていました、自分の子供がもう移植しかなく、後は
>死を待つばかりですよと言われた時に、誰がその子にこれがお前の運命だか
>らと言って死を受け止めさせる親が何処にいる?と、

お父さんのそのお気持ちも、かけがえのないさるさんを目の前にしてのことだと私は
思います。「全体」を考えたとき自分の子どもが「脳死」臓器移植を受けるのは正し
いことだから受けさせるのだ、、、ということなどでは、もちろん、全くないでしょ
う? 募金、渡航、そして何より手術や術後のリスクをどう考えるかなど、ものすご
いご苦労があったと思いますが、さるさんのためだからものともしないでやったこと
でしょう?

私もまた、母の命の行方について、一条の希望を捨てられませんでした。「お母さん、
あとは死ぬだけだから誰かのお役に立って、誰かの体の中で生き続けてね」とは、か
けらも思うことはなかった。もし、医師や周囲からそう思うように強いられたら何を
したかわかりません。こっそり「まあ、いいか」に落とし込められるのも、たまらな
い(そのときは何もわからなくても、後で必ずわかりますし、「もしかしたら」とい
う疑念にさいなまれるのだって大変なことです)。

ずっと母の手足をさすっている内「お父さん、お母さんが何だか冷たい」と思い切っ
て言ってから心停止まで数十分がありましたが、母の体がどんどん冷たくなっていく
のに必死にとりすがりながら、はっきりと「命が去っていく」という思いがありまし
た。どんなに泣いても叫んでも母をこちら側にひきとめることはできませんでした。
母の命の最後のゆらめきのすべてが愛おしく、心停止の後も、その名残を求めて母に
ぴったりくっついていました。でも、母はみるみる内に冷たくこわばってゆき、微動
だにしなかった。

まして、たとえどれほど悲惨な状況であろうが体があたたかな内は、医師や周囲の人
から、また移植推進の方たちから、「『脳死』は死だ」と言われても、、、、。

「もう打つ手がありません」と医師に言われてそれを受け容れつつも一条の希望を捨
てられなかった私にとって、死とは、とりあえず、「拒めないもの」だと、そう言え
るかと思います。「人はかならず死ぬ」という言葉では言い換えられない、どんなに
拒みたくても拒めない、冷厳さそのものとして、母の傷ついた体の冷たさとともに、
今も生々しく迫ってくるものなんです。

だから、さるさんの二つの投稿にまたがったお返事になってしまいますが、

>どうして誰も、臓器を提供した時に自分の家族がそのレシピエントの中でま
>た生きるんだという考えは出ないんでしょうか?

やはり、ぼろぼろにされた母の体に全身麻酔をかけて臓器を取り出すということは、
当時はもちろん、今も、私には考えることすらできません。

だって、あたたかくて、子どもの頃に抱っこしてもらったのと同じ、いや、大人にな
っても甘ったれてデカい体ごと押し付けていたのと同じ、ふくふくとやわらかい母で
す。「お母さん、おかあさーん」と泣きながら頬を押し付ければ、母の閉じた目から
も涙がこぼれた。手を握れば、きゅっと握り返してくれた。母の好きな音楽をかけれ
ば、そちらへ顔を向けた。道路に叩きつけられて負わされた擦過傷にはかさぶたが張
り、はがれかけたのをそっと引っ張れば、びくりと動いて嫌がる。心停止が近づいた
ときには、無残に骨折させられた手足や胸、頭までも苦しそうにそらせ、眉根もひそ
め、大粒の涙が、ぽろっ、つーっとひとすじ、また二すじ、閉じたまつげの下から頬
を伝った。

「それは『脳死』じゃない」という人もあるかもしれませんが、無呼吸テストを除く
すべての臨床的脳死診断を満たし、尿崩症からむくみからドカンと過激な血圧低下ま
で示した「脳死」の人の実際が、これです。純粋に医学的な次元で言われている「脳
死」ですらフィクションだと、私は断言してはばかりません(主治医は「脳死」は決
して判定できないと言っていて、誠実な方だったと思っています)。

上に書いたような母のことは、ひとつひとつ、そのままでかけがえのないもので、上
のような即物的な表現は本当ならあまりしたくないし、一生忘れられない、母の最後
の命のゆらめきです。

それを終わらせるなんて、私には全く想像できないことです。かけがえのない人が死
にゆくのに、一分一秒だって、そばを離れたくありませんでした。

他の人はどうかわかりませんが、ただ、私の知る限りの「脳死」の家族を看取った人
たち(「全国交通事故遺族の会」の会員)は皆そうです。車優先社会の犠牲にされた
家族に、これ以上、何の犠牲を求めるというのか、どんなに辛くても大切でいとおし
くてならない最後の思い出まで汚そうというのかというたまらない気持で、反対運動
をしています。

「運命だからあきらめて死を受け入れろ」と、移植待機患者さんに言っているのでは
絶対にない。それは、私たち自身が言われていちばん嫌な言葉の一つでもあります。
「何としても助かってほしい。この身がどうなろうと助けるぞ!」という必死の思い
は、被害者の家族も同じで、でも、その思いをさえぎられることは、どれほど「他の
人が助かるから」と言われても耐えられないし、また、「交通事故が減っちゃったお
かげで、『脳死』臓器が減った。参ったなあ」なんていう声が、移植学会や医療産業
の関係者の間でこっそりと交わされるような社会は、絶対に、絶対に、イヤなんです。

誰もが、何に命を脅かされることもなく、あるがままの命いっぱいに生きられる社会
であってほしい、そういう社会を支える医療であってほしい。そのとき、「脳死」臓
器移植は、私たちにはやはり認められない医療です。世の中の残酷さや不幸を前提と
して出発する道は、残酷や不幸な世の中にしか、行き先はありません。私自身、母を
殺した加害者を、「金がない」だの何だの言って謝ることすらしないのなら、ヤクザ
に売っぱらってフィリピンあたりで臓器をむしりとってやりたい等と思うこともある。
だけど、そのとき思うのは「臓器を売り買いする社会、文字通り命を切り売りする社
会って、一体、何だろう、、、」ということです。私が加害者に望むのは本当の償い
なのに、あれ、いつのまに私は履き違えているのかと思うことが、今もしばしばあり
ます。

「脳死」臓器移植を受けたさるさんや他の方が、あるがままの命いっぱいに生きられ
る技術の開発を心から望んでいます(「全国交通事故遺族の会」の陳情書にはそのと
おり明記してあります)。

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ゴサイジさん、本当にありがとう  投稿者: さる  投稿日: 9月28日(水)06時51分27秒

ゴサイジさんお返答を見て、もの凄く共感できました。
はっきし言って僕の思うのはゴサイジさんの思うのとほぼ同じ
意見です。
只、やっぱり僕は脳死移植が「ダメ」とはやはり思えません。
僕が思うに、もりけんさんがよく言われる間違った医師の判断などによる
不正な臓器摘出行為、またそもそもの脳死自体の判定、これらを変えていかなければ
いけないんじゃないかと、思います。
実は、僕の父もゴサイジさんと同じような事を経験しました。
僕の祖父が亡くなる時には父は医師からこう言われたそうです、「臓器提供を考えて頂けませんか?」と、その時は父は3人兄姉で兄(僕の伯父さん)と、姉(僕の伯母さん)もその場に一緒にいました。
伯父さんは何も言わなかったそうですが、伯母さんは少し医師の言葉に反応があったようでした。
そこで父は、医師に「じゃあ使える臓器と言ったら、いったい何ですか?」と聞くと、医師は「お歳なので、角膜ぐらいですかね。」と言ったそうです、正直父は僕の事もあったのであまり気が進まないが、きっと父なら、絶対に僕の事があったので、自分の臓器を人にあげた

いと言うだろうと思って聞いたらしいのです。
しかし、祖父は角膜の手術をしていて、既に角膜がなかったので、結局臓器摘出には至りませんでした。
今回、初めてこの掲示板に来て、同じ気持ちの人に出会えた気がします。
本当に嬉しいです、まったくゴサイジさんの言うとおりだと思いますし、移植がなくなるような世の中になってくれればと思います。
やっぱり、移植は受ける側にも提供して下さる側にも負担が大きすぎますよ。

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移植体験者と脳死患者の家族との対話(1) てるてる日記/ウェブリブログ ...続きを見る
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2013/07/03 19:02

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