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zoom RSS 長期脳死について

<<   作成日時 : 2005/05/18 16:24   >>

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asahi.com
http://www.asahi.com/
http://www.asahi.com/science/news/TKY200505170347.html?t
脳死後20年間心臓動いた例 米医師が報告
2005年05月17日

 臓器移植法の改正論議が続く中、「脳死」後も長く心臓が動き続けた患者について研究したアラン・シューモン米カリフォルニア大ロサンゼルス校教授(小児神経内科)が17日、国会議員の勉強会に招かれて、東京都内で講演した。4歳で脳死と診断された後、20年心臓が動いた男性患者について報告し、「我々は脳死は死ではないと分かるようになってきた」と話した。

 脳死状態になると、多くは数日内に心臓が停止するとされている。だが、この男性は感染性髄膜炎から「脳死」状態に陥ったものの、人工呼吸器などを着けたまま、その後20年、心臓が動き続けたという。

 小児の脳死判定は難しく、日本では6歳未満の判定基準はまだ確立していない。また、この男性の場合、6歳以上の判定基準にあり、日本の法的脳死判定で不可欠な「無呼吸テスト」は行っていなかった。心停止後の解剖では、脳組織が壊れていることが確認されたという。


http://www.lifestudies.org/jp/noshiho01.htm
『中央公論』2001年2月号 318−327頁
日本の「脳死」法は世界の最先端
森岡正博

脳死後の身体

 脳死状態になったら、遅かれ早かれ、約一週間ほどで心臓も停止すると専門家たちは語ってきた。ADHとエピネフリンを投与することで心臓停止を引き延ばすことができることは知られていたが、これはあくまで人工的な例外とみなされてきた。脳が死んだ人間は、ちょうど操縦席が破壊された飛行機と同じであり、いずれ地面に墜落して粉々になると言われてきた。
 二〇〇〇年五月に総理府が行なった世論調査でも、回答者には、次のような文章が示された。「脳死状態とは、呼吸などを調節している部分も含め、脳全体の機能が停止し、元には戻らない状態。人工呼吸などの助けによって、しばらくは心臓を動かし続けることもできるが、やがては心臓も停止する」。
 しかしながら、脳死になったら「やがて」心臓も停止するというのは事実に反していることが、一九九八年に医学的に明らかにされた。脳神経科学のもっとも権威ある雑誌Neurology(1998,Dec.)に、UCLA医科大学のD・A・シューモンが「長期にわたる脳死」という論文を発表して、関係者の話題をさらった。彼は、過去三〇年間の医学文献に現われた脳死についての記述を徹底的に調査し、医学的なデータの裏付けが取れるものを厳選して、脳死判定から心臓停止までにかかった時間を調べた。その結果、一七【319】五例の脳死患者(原文でもpatient=患者と書かれている)の心臓が、少なくとも一週間以上、動き続けていたことが分かった。そのうち、八〇例が少なくとも二週間、四四例が少なくとも一ヶ月、二〇例が少なくとも二ヶ月、そして七例が六ヶ月のあいだ心臓が動き続けていた。さらには、二年七ヶ月が一例、五年一ヶ月が一例あり、最長では一四年五ヶ月というケースがあったのだ。*1
 一四年五ヶ月も心臓が動き続けたのは、四歳のときに脳死になった男の子で、その後、自宅で人工呼吸器をつけたまま現在(一九九八年時点)も心臓は動き続けている。彼は脳死状態のまま十八歳を迎えた。このほかにも、退院して、施設や自宅で看護が続けられた例が五件ある。シューモンは述べる。長期にわたる脳死状態では、時間が経つにつれ、肉体の状況はむしろ安定してくる。身体のホメオスタシスは調整され、血流動態は改善され、栄養吸収が再開され、管理に手がかからなくなる。いわば、脳死の身体は安定飛行にはいるのである。
 これらの事実は、何を意味しているのだろうか。それは、脳が死んでいても、身体は統合作用を保ち続ける不思議な潜在力を秘めているということだ。脳が死んでも、身体の各部分はかならずしもばらばらにはならず、お互いに連携を取りながら全体性を保つ力があるということが、医学的に明らかにされたのだ。シューモンは言う。脳が死んだら人間は死ぬといままで見なされてきたのは、次のような仮説があったからである。すなわち、「脳は身体の<中心的統合体>あるいは<中枢的臓器>であり、それが破壊されたり不可逆的に機能停止すれば、身体の統合機能は失われ、熱力学的な意味での「不帰の点」を超えることを意味し、文字通り全体としての有機体の<解体>を意味する」(一五三八頁)という仮説である。しかしながら、今回の調査によってあきらかになったのは、脳死になっても、かならずしも身体の統合機能は失われないということ、そして「身体の統合作用は、脳という中枢臓器からのトップダウンの指令によって成立しているのではなく、臓器のあいだの相互のやりとりによって成立している」(一五四四頁)という事実である。
 シューモンが明らかにしたこの事実は、われわれがいままで脳死論議で前提としていた右の仮説を、根底から覆すものであると言ってよい。「脳が死んだら、身体は統合作用を失ってばらばらになる。その証拠に心臓はすぐに止まる。だから脳死は人間の死だ」、という考え方は誤りであることが医学的に明らかにされたのである。



*シューモン教授の講演を聴いた人の感想
杉本健郎さんの「脳死と移植」掲示板より

http://web.kamogawa.ne.jp/~ichi/cre-k/sugibbs2/trees.cgi?log=&v=802&e=msg&lp=802&st=

802 5月17日シューモン教授の講演
2005/5/19(木)00:08 - ゴサイジ


(前略)

「米国では、『脳死』についてのインフォームド・コンセントはない。皆、
『脳死』についての理解がないまま、臓器提供はよいことだという了解で
提供している」

(中略)

米国人にとって「死」とは何なのでしょう? 

粗雑な質問であることは承知しつつお尋ねすると、「単一の答はない。宗
教、信条、人それぞれだから」とのお答えと、奥様との共著の一節のコピ
ーを戴きました。まだ全部読み終えていないもののかなり"哲学的"な内容
で、一般の人が広く読むものではない、それでもシューモン教授夫妻のこ
うした取り組みから、やがては米国も徐々に変わってゆくのでしょうか。

とまれ、米国には「あなたが天国へゆくとき、臓器を一緒に持ってゆかな
いで下さい」といった啓発活動があると聞きますが、これは、臓器移植に
ついての啓発であって『脳死』についてのものではないですよね。そうし
た啓発活動で『脳死』臓器移植が盛んになったということを、米国は、い
つか、どのようにしてか、精算なり総括なり、とにかく歴史の中で振り返
ることがあるのだろうか、、、。

間違っても、移植を受けた人、提供した人が差別されるような精算の仕方
であってほしくはないけれど、どういうものになるのか、想像すると、ち
ょっと寒気がします。あるいは、もし日本で米国のように『脳死』臓器移
植を推進した挙げ句の果てにそうした精算なり総括なりが来るとすると、
これはもう、絶望的に不毛なものとなってしまうでしょうね。先の戦争を
めぐる"反省"の有様を見ればあきらかです。

大切な人を助けたい、何としてでも!という気持は、とても狂おしいです。
実感としてわかるというより、『脳死』の母と過ごした12日間の私の気
持そのままでもありました。特にお子さんについて『脳死』臓器移植を望
むご家族のお気持ちを非難することは、私にはできません。

けれども、この問題は、「社会の仕組みとして『脳死』臓器移植を推進す
るかどうか?」でしょう。これに関しては、私の答は明確にNOです。推
進すべきではありません。

早い話が、私は母を殺した加害者がどれほど憎いかわからない、どうして
あの男を殺しにいかないのか時々自分でも不思議なほどですが、国に対し
て法律で加害者の基本的人権を奪うようにしろ!とは要求しません。社会
の仕組みとして、そういうことを推進すべきだとは思わないのです。

移植者の側の方が、たとえ、「ああ、どこかうちの子と適合した子どもが
交通事故に遭って『脳死』になってくれないものか」と望んだとしても、
その気持自体は私には全く非難できません。真実の気持だと思うからです。

GIVEの精神とか愛の贈り物とか命への思いやり、、、そういうものじゃな
くても、どれほど"エゴ"にまみれていても、真実の気持は、生身の人間同
士でのことなら、私には決して非難はできないし、すべきではないと思い
ます。少なくとも私にとっては大切にしたいものなんです。

そして、そういうところからこそ生と死を深く見つめる機会がそっと用意
されている社会の方が、私には、"利他主義"の蔓延した社会よりよほど健
全に思えます。

といったって、別に、保健所にカウンセラーを増やすなどのメンタル・ケ
アを充実させろということではない、まして、学校教育の現場などで「死
の教育」をする必要などない。社会を構成する一人一人に、生であれ死で
あれ、様々な局面で苦しむ人をそっと見守る心のゆとりがあれば、それで
いい。

だって、母は『脳死』状態でも、私にそうしてくれました。先行する犠牲
者の遺族で作る被害者団体の方達も、改悪反対運動で知り合った障害者の
方達も、そうしてくれました。だから、立場は違っていても、移植者の方
達とも、いつか相身互いにそうしたいのです。そのためにも:

「脳死」は死か? そもそも死とはいったい何のことだろう? 

それをきれいにすっ飛ばして「脳死」臓器移植を進めてしまった米国のよ
うには、日本にはなってほしくありません(真面目な話、私はとても愛国
心のある人間なので)。議員会館という国政の場で聞いたせいか、そんな
ことをも思った講演でした。


http://web.kamogawa.ne.jp/~ichi/cre-k/sugibbs2/trees.cgi?log=&v=805&e=res&lp=805&st=

805 re(1):5月17日シューモン教授の講演
2005/5/20(金)11:02 - 犬の胡麻


(前略)

・「害をなるなかれ」「死なすなかれ」
デットドナールールを変換しなければならない。

・シューモンさんは、移植そのものを「反対」はしていないが、
西洋では、社会的実利として・政治的に脳死を死としているが、理屈は後ズケで、合意はない、議論されていない、医学界でも「あいまい」である。
ドナーは、きちんと、事実を知る権利がある、脳死についてなにも、知らない・・<ここのところはゴサイジさんが書いてあるとうり>

・脳死は死ではない。早すぎた法律は、もう後へは戻れない。
レシピエントは増えすぎている、脳死でも足りない、他の者を死にしなければ足りない・・それは医学的倫理から悪いものと考える

・必ずしも、心臓の鼓動は移植には関係なくなっている。
  ↑
これが、ほんとうなら、安心・・嬉しいです。「死んでから」したい人は移植してほしい・・。

私は、移植に対して全目的に反対はしていないのですが、増えつづける移植希望者、未来永遠に足りないドナーのことを考えると、ほんとうに
移植は、最善の治療・医療なのか??考えてしました・・。
私は、国民は、毎日の思い・・現象学的に・・「気持ち」で生きていると、自分は思っていますが、法律は、先の事も考えるものではないか・・?と。


・シューモンさんは、生きていること、<死の規準も>は、「循環機能」「呼吸機能<ガス交換できる細胞>」である。
 心臓が動いていることではない。

よく脳死患者を表現する時に、「まだ心臓だけは動いている」「温かい」「爪・髪の毛が伸びる」「動く」
と言うような言葉を並べますが、私は以前よりその表現に、どうにもこうにも、違和感を持っていました。
それは、まるで、<奇怪な物><ゲテモノ>のようなイメージで、なにか・・こう・・部分的ににょきにょきとある部分だけ反応するような
イメージがあるからです。。
心臓に関しても、かろうじて余力で「勝手に」動いているようなイメージがあると思っていたからです。

でも、シューモンさんの言葉で、改めて、自分の持っていた違和感が取れました。
なかなか、言葉ならなかったのですが、再認識できて、この日で、「落ち」ました<笑>
循環機能・呼吸機能があると言う表現だと、すごく「全体的」な感じがします。
人間の体!と言った実感があります。
<事実そうなのだけど。。>

脳死に対して、「脳が死んだだけ」、と、「心臓が動いているだけ」、とは、全然意味が違います。

まあ・・ちがうから移植に対して賛否両論があるのですが<苦笑>
<ノーリターン・意識がないと言う意味では、植物症も同じです。>

でも・・でも・・・医学・科学的には、「心臓が動いているだけ」ではないですよね・・。
それは、医者はみんな理解していると思う。
たしかに、脳死は、「弱い」です。病気になりやすい・・でも、全部が壊れているわけではない<特に小児>

脳は、「完璧な身体」には、とても必要だけど、壊れていても、全体を壊すわけではない・・

と、シューモンさんも言い、そのとうりだと思いました。

脳死患者は、完璧な身体を持たない、いち障害者なだけなのです。同じです・・。

今回は、いろんなことが、シューモンさんの言葉に、よって、明確化されました。私に気持ちのよい口演でした。

(後略)




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