てるてる日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈つづき

<<   作成日時 : 2005/04/08 12:54   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 4

「彎曲していく日常」より
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050406#p2

■ 「考えが甘い」のはあなただ。

考えが甘いと思うけど。

ネットワークにおける言論は、newsgroupやパソコン通信のSIG、フォーラムの時代から淘汰圧が非常に高く、かつ玉石混淆なのが特徴で、少数意見を唱えるのであれば多数派を説得しうる高い論理的整合性を主張しなければ袋叩きにあうのは、私の過去15年来の経験に照らしても、(ネットワーク界においては)自然なことです。

azamikoさんの行動は突飛である(段階を踏まずにいきなり最終手段を取っているような感じ)と私には思えます。極端な行動は心理的な反発を受け易いものですし、たとえ目的が正当でも手段に問題があればやはりそれは問題です。

目的の正当性を信じるのであれば、より手段の妥当性にも拘るべきで、それらを失すれば非難を受けるのは致し方ないと思います。

そして前述したとおりネットワークにおける言論の淘汰圧は非常に高いので、小倉弁護士の命名する所の「コメントスクラム」なる状態に陥るのは当然だと思います。

これらのことを弁えずにblogを書いているのであるとしたら、覚悟不足としか言いようがないかと。

小熊善之

http://terutell.at.webry.info/200504/article_2.html

多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈 てるてる日記/ウェブリブログ

2005/04/07 17:51)のコメント欄より

ネットで「少数意見を言いたければ」死ぬ気でやれ、とでもいいたいのでしょうか?あまりにも不愉快なのでコピペ。

「手段の妥当性にも拘るべき」ってどういうことだ。

「手段に妥当性がない」という貴方の主張を「コメントスクラム即ち、言論の力ではない暴力」以外の方法で立証できるのか。

「自己=多数派」という前提だけに依拠した自己!!

*1:安積澹泊「大日本史贊藪 」p177『日本思想体系・近世史論集』

[コメントを書く]
# 小熊善之 『そうやって感情的になって反応するから、余計に反感を惹起するのではないでしょうか。日本語として意味が通じてない部分がありますよ。

それと、この「コピペ」は著作権法第32条1項に認められる「引用」の要件を満たしているようには見えませんが、その辺はどうお考えですか? あなたは自分の意見を主張するためには法を犯しても良いとお考えですか?
(なお、引用の条件については最高裁昭和51年(オ)第923号を参照ください)』


確かに、私が今まで読んできた野原燐さんのブログにしては感情的な文章だと思いますが、ここで著作権法の「引用」の条件を云々するのは野暮というものでしょう。たぶん私のブログのコメント欄ではせまいし、どうせ野原さんのブログでもとりあげるつもりだから、そっくり引用したのだと思います。で、私のブログにまたそっくり転載。私のブログのコメント欄からの転載に付けられた意見を私のブログに転載しなおしたわけで、まるで合わせ鏡のようですね。

小熊さんのおっしゃることは、現象としてはそのとおりのことが起こっているけれど、私はそれをいいことだと思わない、といいたいのです。
ことしの1月、2月に、コメントスクラムと2ちゃんねるの祭りとでつぶされたブログ2件について、それを正当とみなす人々は、相手がマスコミ人なのだからそれ相当の覚悟が必要だといいました。
今度はマスコミ人ではありません。ただの主婦です。
それなのに、またブログをつぶそうとするなんて。2ちゃんねるに引用して炎上してるぞと喜び嘲笑うなんて。
こういうことが横行するのは、民衆がお互いにリンチしあう恐ろしい社会だと、私は言いたい。

フランスで、第二次世界大戦直後、ドイツ人とつきあった女性達の頭を丸刈りにした映像が残っています。
人間とはそういうものだ。
ということはいいでしょう。
でもそれを正しいことだ、これからも同じようなことをするのが当然だ、というのはよくない。
これは恥ずべきこと、まちがったことだと、言い伝えたい。
そのときに、感情的になってこんなことはまちがってる、きもちわるい、残酷だ、というのも、理性的に論理的に哲学的に倫理的に科学的にいかにこれが人類にとってまちがったことかと論述するのも、どっちもたいせつだと思います。

それと同じように、言っても無駄だし嘲笑を買うのがオチだとしても、ブログをコメントスクラムでつぶすのは当然でそれがネットのルールだ、なんていう考え方はおかしいと、私は言います。


*参照
多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈
http://terutell.at.webry.info/200504/article_2.html



テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
コメントスクラムよりはコメントラッシュが妥当
コメントスクラムというラベリング ...続きを見る
Мышкин княжество
2005/04/15 18:47

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
野暮天ですいません。半分は性分で(以前著作権がらみの仕事してましたし)、もう半分は野原燐さんの問いかけへの答えです。

私は別に現状のありかたについて「いいことだ」とも「おかしなことだ」とも思っていなくて、現状は現状として「そういうものだ」と受け容れているだけです。フランスの解放後に起きた「協力者狩り」についても同様で、そういうものだと思っていて、恥ずべきことだとも間違っているとも思っていません(昔大学で話したことがあったような……)。
私は人間の本質はそういったドロドロしたエゲツないものだと認識していて、それ故に少数派は慎重に行動しないとあっという間に多数派によって踏み潰されると思っている。善し悪しは別として、そういうものだと考えて行動している、というだけです。
野原燐さんに言わせれば、私は多数派らしいですが(苦笑)。
小熊善之
2005/04/08 13:29
民衆がリンチし合うってまた大げさな表現じゃないッスか?
ネットで賛同意見が得られなかった、反対者の攻撃に遭った、
それだけの事でしょう。

人前で意見を述べるのは、他人を不快にさせる事だ。
ある一つの考えは、他の考えを否定する事です。
反対者が居て当り前。攻撃に晒されても当然。
だって自分も他人を不快にさせてるのだから。

しかも管理者側には削除権があり、気に喰わなければ
幾らでも削除できる。圧倒的に管理者が有利だね。
多くの意見を募りたい、でも攻撃されるのはイヤ。
削除権はある、でも言論封殺(これ自体嗤える言葉だが)の
汚名を着せられるのは避けたい。

こりゃどう考えても通らん話ですよw
番長
2005/04/09 15:57
 
小熊善之氏のコメントの欺瞞性

>「いいことだ」とも「おかしなことだ」とも思っていなくて、現状は現状として「そういうものだ」と受け容れているだれけです。

 これは、「現状」を肯定していることと同義と思います。
実際に小熊善之氏が「考える」ことを放棄しているのなら
ば、「コメント」せずに自分のお仕事にこもっていれば、
よいわけです。どなたかが書かれていたかと思いますが、
中立のふりを(あるいは本当に思い込んでいるのかもしれ
ませんが)して、自身の当該ブログへの不快感を表明して
いるのに過ぎないのでしょう。
 
 番長氏のコメントは空疎な内容で、単純思考の見本ですね。


迷亭
2005/04/11 05:41
ありがとう。落ち着いたら、また。
子どものいる暮らし
2005/04/15 00:55
多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈つづき てるてる日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる