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zoom RSS 臓器提供と著作権

<<   作成日時 : 2005/02/04 20:01   >>

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臓器提供者の権利について考えるとき、著作権が参考になる。

著作権は、英語でcopyrihtというように、もともとは、印刷者の権利として法律に定められることによって発生した。最初は著作者の権利ではなかったのである。それというのも、初期の印刷では、聖書や修道院の写本など、何十年または何百年も前に著わされて以来書写が繰り返され、原著者が不明または故人となったものが印刷されることが多く、先に印刷した業者の権利を後から印刷する業者から守ることが必要だったからであった。印刷が普及し、生きている著者の著作物が印刷されることが多くなると、著作者の権利を守る必要が認められるようになり、現在のように、著作権といえばまず原著者の権利をさすようになった。(*註1)
現在の著作権は著作財産権と著作人格権とに分けられ、著作財産権は著作者の死後も50年間、著作人格権は無期限に保護される。

臓器提供者の権利もまた、最初は、提供者本人の権利としては認められていなかった。遺族の権利だったのである。

日本で最初に臓器移植について規定した法律は角膜移植法(1958年)であり、続いて、角膜腎臓移植法(1979年)が制定された。角膜移植法が制定された当時、まだ脳死移植は世界で一例も行われておらず、したがって、心臓死後の提供のみを想定して、本人の同意がなくとも、家族の同意だけで提供できるとされていた。また、本人が生前に角膜提供を拒否していても、家族が同意すればよいとされていた。それが、角膜腎臓移植法では、本人の同意または家族の同意があればよいとされ、本人が拒否の意思を示しているときは、家族が同意しても提供できないこととなった。そして、現行の臓器移植法(1997年)では、脳死移植については、本人の事前の書面による同意を必須の要件としている。心臓死移植においても原則的に同じ条件を必要としているが、角膜腎臓移植法の規定も経過措置として残している。

ただ、生体移植についてはこれまで日本の法律では何も規定されたことがない。(*註2)

ぬで島次郎が、生体移植の臓器提供者保護の項目を追加する改正案を提示している。ぬで島は、人体は人の尊厳の源である人格及び人権の座である、という大原則を立てている。そして、その臓器の提供が提供者本人の健康や生命に危険を及ぼさないことと共に、本人が書面で同意の意思を表示することを必須の要件としている。

ここに到って、臓器提供者の権利もまた、著作者の権利と同じく、生きている人の権利として、そしてその人が死んだ後も、法によって総合的に保護される時代が来たと、考えられる。

著作権と臓器提供の違いは、前者は財産権が認められるが、後者は財産権が認められない、という点である。なんとなれば、人身売買の禁止は、臓器提供の権利よりも上位におかれる基本的人権保護の規定であるとともに、全国民が遵守すべき義務でもある。従って、臓器提供は無償でなければならない。
売買が認められないのであるから、譲渡も認められないと考えるべきである。
すなわち、臓器提供は、臓器の譲渡ではない。臓器の委託と考えるべきである。
臓器提供は、提供者の人格権を委託する行為であると考えられる。
著作者人格権には、公表権、氏名表示権、同一性保持権が認められている。
臓器提供において、著作者人格権の公表権に該当するものは、臓器提供の意思表示そのものであると考えられる。
著作者には著作物を公表する権利とともに、公表しない権利もある。著作者の意に反して著作物を勝手に公表することはできない。
それと同じように、臓器提供の意思のない人の臓器を他の人が勝手に提供することはできない。
著作者人格権の氏名表示権には匿名にする権利が含まれている。脳死移植では、臓器提供は匿名を原則として行われているが、生体移植の場合、親族から提供されることが多いので、匿名を原則にするわけにいかない。従って、生体移植・脳死移植・心臓死移植を包括できる臓器移植法をつくるならば、匿名にするかしないかを提供者が選択できることとする必要がある。
同一性保持権に該当するものは、提供する臓器を指定する権利と考えられる。たとえば、腎臓を提供する意思を表示したからといって、勝手に角膜も摘出してもよいということにはならない。
臓器提供者は、移植患者に、直接、臓器と人格権を委託するのではない。
移植医療に携わる医療専門職、およびその団体に委託するのである。なんとなれば、提供された臓器がどの患者に医学的に適合するかどうか、また、臓器そのものが移植に適するかどうかを検査するのは、彼らなのである。肉親であろうとなかろうと、医学的に適合しない相手に移植するわけにはいかない。従って、臓器提供希望者が提供先を指定することはできない。
また、移植に適さない臓器でも、研究に役立つ場合がある。だから、臓器提供者は、移植に適さない場合には研究に提供するかどうかも、あらかじめ選択できるようにしておくべきである。研究に提供することによって間接的に多くの患者を救うこともできるのである。

臓器提供者は、提供する臓器の選択や、移植だけでなく研究に使ってもよいかどうかなどについて、またたとえば、心臓そのものは提供しなくても心臓弁や血管など心臓周辺の組織を移植または研究のために提供してもよいかなどについて、充分な説明を受け、よく考えた上で選択できる機会を提供されるべきである。説明を受けるときには、提供希望者が指定した人の立会いも認めるべきである。

臓器提供意思表示カードは、臓器提供に関する説明を受ける機会を保障するものと考え、正式な意思表示は登録制度にするほうがよい。登録せずに意思表示カードの記入だけをしている場合は、実際に提供するときになって家族の拒否によって提供を取りやめてもやむをえない。登録しているのに、家族が拒否する場合、その拒否の意思を表明する人は、重い責任を負うと自覚するべきである。しかし、処罰の対象にするのは間違っている。なぜなら、そのために臓器提供者の家族が心に深い痛手を負うようなことがあっては、移植医療のみならず医療の本旨に反するからである。むろん、登録した臓器提供希望者本人が考えを変えて提供意思を取り消すのは、いつでも自由である。これは生体移植でも脳死移植でも心臓死移植でも同じ条件とすべきである。


*註1
ここで印刷の歴史としてあげているのはヨーロッパの例である。中国、朝鮮、日本など東洋の印刷はまた異なる歴史をたどっている。

*註2
日本とUSAを除く諸外国では生体移植についても臓器移植法で規定されている。

*参照
てるてる案(「脳死否定論に基づく臓器移植法改正案について」現代文明学研究:第3号(2000):139-179)
http://www.kinokopress.com/civil/0302.htm
ぬで島案(「生きている提供者の保護のための法改正・試案」科学技術文明研究所、2003年9月30日)
http://www.clss.co.jp/policy/index.html
「臓器移植法・『本人の意思表示』原則は堅持せよ」(森岡正博著、『世界』2000年10月号)
http://www.lifestudies.org/jp/noshi04.htm
美濃口坦によるドイツの臓器移植に関するレポート
http://home.netsurf.de/tan.minoguchi/ishoku.htm
"transplant community" の二つの意味(てるてる著 2001年4月23日)
http://www.lifestudies.org/jp/teruteru08.htm
「死者の人格権」の可能性 臓器移植法改正に向けて(宮崎真由著、現代文明学研究:第4号(2001):195-216)
http://www.kinokopress.com/civil/0402.htm


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