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zoom RSS ジャーナリストたちにとっての、イラクでの日本人拘束事件

<<   作成日時 : 2004/05/08 20:01   >>

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(1)「『責任』という言葉がフワフワ浮いている」
(イラクで日本人3人が拘束される4月8日以前)

○月刊『創』2004年5月号(2004年4月7日発行)より

サマワで取材している共同通信とアジアプレスの人の対談があり、もしも何か起こったら一斉に報道陣が撤退しなければならなくなるかもしれないとか、話しています。ジャーナリストがテロに襲われたとき、誰がどう責任をとるのか、そもそもその「責任」とは何か?という疑問を提起して終わっています。

「[緊急対談]【その時日本のメディアはどう対応するのか】イラクで標的になる日本の報道陣〜イラクでは自衛隊だけでなく日本のメディアもテロの標的になっている。日本のメディアには初めてのこの事態にどう対応すべきなのか。〜」
野中章弘[アジアプレス代表]・原田浩司[共同通信カメラマン]、p.134-143.
「メディア関係者にテロが起きたらどうするか」p.143.
原田「共同通信では、現場は撤退しないという意志を固めていますが……。まあ、その場の現場にいるメンツによります。」
野中「それは現実的には難しいでしょう。日本のメディアは、一体誰が責任をとるのかという責任体制がはっきりしていないから、結局現場が責任をとると言っても、どこまでとり切れるのかという話になる。かといって東京のほうで『俺が責任をとるからお前ら現場に残れ』と言う太っ腹の上司はそうもない。」
原田「そういう人は、出世してくれないんですよ」
野中「結局誰も責任をとれない状況になった時、絶対に上層部は安全性を言いますから、雪崩を打って全員撤退するでしょう。そうなると取材の空白ができます。かといってアジアプレスやフリーランスも、マスメディアがいないから必ず残るという選択をするとは限らない。そのへんの判断が難しい。もう間もなくそういう段階ですよね。」
原田「その責任という意味がよく分からないんですよね。共同通信だって殉職した方は何人もいますけど、それで上司が辞めたとかいう話は聞いたことがないんですよね。それじゃあ、責任って一体なんなんだ、ってことです。共同通信では、家族に対する経済的支援などの責任はとっていますが、それさえしっかりしてくれれば、現場の人間としては何の問題もない。上司が辞表を出す必要もない。だから、現場判断を信用してほしい。『責任』という言葉がフワフワ浮いているような感じですね。」



(2)「自分の保険として自分の情報を登録できるようになればいい」「公共的な存在になるためには国籍を離れる仕組み作りが必要となる」
(安田純平、渡辺修孝両氏が解放された4月17日より後)

○「週刊朝日」5/7-14合併号 4月28日(水)

「週刊朝日」5/7-14合併号に、安田純平さんと渡辺修孝さんの話が載っていました。なんだか牧歌的な感じもします。村人達が外国人を見るとスパイではないかと思ってかたっぱしから拘束して、疑いが晴れると解放していた、と言っています。カナダのFadi Fadelさんもイスラエルのスパイと間違われて最初は拷問されて、疑いが晴れると解放されたし、オーストラリアのDonna Mulhearnさんも拘束されたが人道支援に来たことを一所懸命説明して解放されました。疑いが晴れた後、解放されるまでの間、待遇が良かった、というのも皆同じです。

*参照
「日本、カナダ、オーストラリア」
http://terutell.at.webry.info/200404/article_22.html

○東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/
イラク情勢「緊急手記 拘束の3日間」安田純平
http://www.tokyo-np.co.jp/kousoku/txt/20040423.html

東京新聞掲載の、安田純平さんの手記には、USA兵に暴行や虐待を受けたイラク人男性の話が出てきます。どこか牧歌的な拘禁生活のなかで、この、USA兵との出会いはたいへん緊張感に満ちています。どれだけ深く傷つき、その結果どれだけ強い憎しみを抱くに到ったか。しかしそれでも、基本的には、他の村人と同じような、根は人のいい青年らしいところがあります。

○月刊『創』2004年6月号(2004年5月7日発売)より

5月号で対談をしていた野中章弘・原田浩司両氏に、安田純平氏を交えて3人でお酒を飲んでおいしいものを食べながら鼎談している写真が載っています。
まったくこれでいいんですが、世界中で一番どあつかましいのは、大阪のおばちゃんの次に、中年の男のジャーナリストだと思います。

「[緊急座談会]【帰国直後の安田純平さんをまじえて…】ジャーナリスト拘束と『自己責任』論の迷妄〜イラクでの拘束から解放された安田純平さんが帰国したその夜、本誌は安田さんを含めて緊急座談会を行った。政府や一部のマスコミが唱える『自己責任』論はどこが間違っているのか。〜」
野中章弘[アジアプレス代表]・原田浩司[共同通信カメラマン]・安田純平[フリージャーナリスト]、p.116-123.
安田「僕もジャーナリストですから、捕まっている間、何とか取材にもっていきたいと思っていました。彼らが『アメリカはひどい』と口々に言うので、『アメリカがひどいという証拠、現場を見せてくれ。それを発表したいんだ』と、ずいぶん交渉しましたね。
 例えば拘束されていたのは民家なんですが、一定の時間になるとみんなお祈りを始める。5歳くらいの男の子もお祈りをしているんです。あるいは、彼らは人が来るたびに握手をするんですけど、末席に10歳くらいのチビッコがいて、ようやく大人社会に参加して、うれしそうに握手するわけですよ。そうやって部族社会ができて、宗教的になっていくというのがよくわかった。カメラ一式持っていかれてしまったので撮影ができなかったことが本当にくやしかったですね。」
安田「今回の事件はもっぱら"日本人拉致事件"として扱われているけれど、元々はファルージャの情勢があって起こったわけで、現地の人と話しても『3人の日本人の事件はもちろん悲しいけれども、何百人も死んでるイラク人はどうなるんだ』と言われてしまう。事件はイラクで起きているのに、日本の関心の示し方はちょっとおかしいと思います。」
野中「もしアジアプレスのメンバーが拘束されたら、その時はもう『自己責任』と紙に書いて事務所のドアに貼るとかするしかない。
 アジアプレスでは3つ気をつけてることがあって、一つはまず、経験のある人間を送るということ。2つめは、現地の人脈を作ること。信頼できる情報ソースをいくつ持っているかということです。
 3つめは今後の教訓の一つになると思いますが、バックアップ体制が重要です。
 結局、フリーランスの弱点は情報の収集能力と、バックアップ体制が取れないことなんです。また何か起きたときに誰がどう動くかという準備がされていない。情報センターをどこかに置いて、誰がどこに取材に行ったかわかるようにするとか、フリーのジャーナリストたちも自分の保険として自分の情報を登録できるようになればいいですよね。」


○月刊『中央公論』2004年6月号(2004年5月8日発売)より

「戦場で人質となったジャーナリストの幻想」武田徹著、p.54-63.
(p.57.)
そんな動きの中で市民ネットワークの中に軸足を置こうとするジャーナリストが登場する。彼らは既存マスメディア機関に帰属したり、既存メディアで発表の機会を与えられることと引き替えに「ジャーナリスト」の肩書きを得るのではなく、自らインターネットに接続し、そこから市民層に向けて発信できる可能性を確保したという事実をもって「ジャーナリスト」と自称する。マスメディアでの発表の機会の獲得はあくまでもプラスアルファで、それなしにも彼らはすでに「ジャーナリスト」なのだ。


(p.63.)
それを思えば、ジャーナリストが真に公共的な存在になるためには国籍を離れる仕組み作りが必要となるだろう。とはいえ国籍を無化することはできない。できるとすれば「帰属先の付け替え」だろう。たとえば日本人国連職員が国際テロで人質となったときには出身国政府よりも国連が窓口になって対応するはずだ。国連の有効性には疑問も持たれているが、国家共同体を超えた公共的組織としては相対的に最も実効性を持つ機関であることは確かだろう。ジャーナリストも公共性の体現者でありたければ、経済的な枠組みはともかく、アイデンティティの帰属先としては、人質交渉に当たれる公的機関を将来的には作っていくべきかも知れない。共同体ではなく、公共的な組織に帰属するようになって、初めてジャーナリストは名実ともに公共的な存在となる。もちろんそうした組織への所属には、真実を伝えたいという「思い」や「志」だけでなく、ジャーナリストとしての資質、技量〜調査力、表現力だけでなく危機回避能力も含めて〜が評価されて判断されるべきだろう。


ジャーナリストであっても、国籍を背負っている限り、その国を敵視するテロの標的になるし、一方、国民としての帰属先である国家からは、「自己責任」だから保護を求めるな、と言われ(ているのも同然の冷たい仕打ちを受け)るのであれば、国際的なジャーナリスト同士の互助組織でも作っておかねばならない。それは必ずしもマイナスではなく、より公平で正確な情報を伝えるための武器にもなる。
ジャーナリストの自由と身の安全と保障を確保するための、アジアプレスの野中章弘氏によるバックアップ態勢の整備という主張を、武田徹氏は、基本的には同じ方向で、さらに公共性という視点を加えて、国際的に広げているように見えます。


*参照
『月刊現代』2004年6月号(講談社)、『論座』2004年6月号(朝日新聞社)
http://terutell.at.webry.info/200405/article_5.html

国民的規模のいじめと、今井紀明さんの反論
http://terutell.at.webry.info/200405/article_8.html

アピール、そして、Yahoo!掲示板
http://terutell.at.webry.info/200405/article_4.html


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